遅ればせながら、年末年始に読みました。なかなか、じっくりと都市を見つめる機会が少ないですが、この本を通して、いろいろと考えさせられ、前
なぜ、漁師(漁村)は、海に向かっておしくらまんじゅうのように住んでいるのか、それは、貧しいから、封建的だから、海沿いで便利だから、天候を見極めるためだから、土地が狭いからなどの理由を超えて、海の幸・海の神を迎え入れる心に着目しています。しかし、それは、単に精神の問題だけではなく、海を通した「暮らし方」の問題としてとらえているのではないかと思います。
暮らしとは、いわゆる「居住」だけでなく、「生業」とも密接に結びついているものであり、海という、途切れることのない連続的空間・物質を通して行われる水産業は、完全に個人の所有地や所有物を分けることができません。そのため、必然的に協働・共有・分配などと切っても切れない関係になるのでしょう。 海や水を通して、断ち切ることのできない関係、どうやっても存在してしまう複雑なな関係性…、「海のようなエーテルに包み込まれた」社会関係は、
単純にワーク・ライフバランスというよりも、そもそも生産と生活が一体化されている姿です(それが前近代ということなのしれませんが、現在のコ・ワーキングやノマドな働き方を考えると単純にそう割り切れません、また、書の中では、「狩猟採集社会→農業社会→工業社会→情報社会」と変遷する中で、
これを空間として読むと、書の中で紹介されている「漁港村」(漁港と漁村の一体性)につながります。 「共同生活空間」としての波止(漁業や網の修繕をやりながら、会話や交流も同時に行われる)の持つ多義性も、そうした関係の空間化の事例です。
そして、水産業の複雑性は、家族形態も多様なものにします。農村のような父系社会だけでなく、男女で行う漁業や、海女さん、そして、本土と島での二地域居住を伸縮自在に行うなど、家族形態に伸
さらには、そもそも、漁村は、舟から陸に上がったのではないか(「舟住まいの陸上がり」説)という仮説に対して、海女集落の調査から、その論拠となる変遷を見出したりしています。
また、漁村や孤島をみつめることで、奥尻島の被災、阪神淡路大震災(淡路島)、あるいは、伊豆大島の大火からの復興に対する指摘も多く述べられています。昭和三陸津波時の吉里吉里(大槌町)の復興計画についても言及されています。氏ならば、現在の東日本の状況をどうみつめるでしょうか。
しかし、何よりも背筋が伸びるのは、世間が学会が社会がなんと言
氏には遠く及ばないですし、私は系譜としてつな
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