2015年9月22日火曜日

喜多方探訪 その2 :ストリートマネジメントと音CON

9月の19日から21日にかけて、5月に引き続き、喜多方にお伺いしました。

豊かな街路空間や公共空間をもとにした、みちによる豊かなまちづくりである、
「ストリートマネジメント」研究の一環で訪れました。
東京大学・都市デザイン研究室時代から関わってきた、
喜多方中心部での様々な取り組みの検証も兼ねたアンケート・ヒアリング調査のために、
「ふれあい通り」の調査を行いました。





今回も、またしても(シルバーウィークですから、ある意味当然ですが)、ちょうど、
「音魂(おとコン:音のある街コンサート2015 in ふれあい通り)」というイベントの日程と
重なりました。

ふれあい通りのお店や店先、空き地、そして、「蔵庭(くらにわ)」と呼ばれる、
蔵などの前に生み出した官民連携オープンスペース(民地をちょっとだけ官が購入して、
道路扱いのトランス置き場兼オープンファクトリーとしたもの)を用いて、
一日中、まちじゅうプチライブが繰り広げられるものです。


福島県内外から、アマチュアバンドがたくさん集結して、街が賑わっていました。
なんとなく、秋の日曜日の昼下がりに、通りのアチコチで、ゆったりしながら、
音を楽しむ、いい感じです。
ゆるく、まちににじみ出す感じは、当初イメージしていたものに近い使い方です。
アーケードもとれたことで、まちのキョリが近くなった気がします。



これに合わせて、まちじゅうで、半公共的な、街路(みち)と敷地(まち)の境界線が
曖昧で開かれた、連続的な使い方が多くの箇所でなされていることがわかりました。


あとは、音楽で集まってきた方々に加えて、街の方々がもっと気軽に楽しく過ごせる
場所としかけが、さらに充実してくるとうれしいなと、思います。

そして、田付川の対岸、小田付の街では、伝建調査、蔵や空き地の再生、
そして、ワークヴィジョンズ西村さんらも含めた通りの計画など、どんどん進んでいます。
空き蔵や空き地、空き建物を高校生とともに改修し、芝を貼り、蔵を改修して、絵本の蔵に、
そして、空いた空間を使えるように、これまた改修を重ねています。



そして、スタジオNASCA古谷先生・八木さんにご尽力いただいた、
喜多方市役所も、いよいよOPENです(新建築2015年9月号に掲載されてます)。


また、その横の河京さんのラーメン館には、新しい卵を使ったスイーツや
美味しい珈琲の飲めるカフェがあります。

今後も、よりよい喜多方がさらなる豊かなまちとなることを願っています。

2015年9月13日日曜日

伊豆の国市シャレットワークショップ開催

【伊豆の国市シャレットワークショップの開催と最終発表会】


去る2015年9月8日(火)から9月11日(金)まで、静岡県伊豆の国市にて、

伊豆の国市シャレットワークショップ2015
「伊豆長岡駅周辺から考える、伊豆の国市まちづくりデザイン」

と題して、横浜国大都市計画研究室有志12名+野原で、
研究室内デザインシャレットワークショップを開催いたしました。





2015年7月に「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産登録された「韮山反射炉」や、
「コンパニオン」発祥の地?とも言われる伊豆長岡温泉もある、静岡県伊豆の国市と協力し、
また、小生が委員長を務める伊豆尚可駅周辺地区将来構想策定委員会でのご縁もあり、
(伊豆箱根鉄道)伊豆長岡駅周辺地区の将来構想に関する検討を行いました。
韮山反射炉の世界遺産登録による波及と影響、持続について考える必要があるとともに、
全国各地で繰り広げられている、人口減少時代の立地適正化計画検討の中で、


伊豆長岡駅とその周辺をどう考えるか?

伊豆箱根津鉄道駿豆線伊豆長岡駅

初日・二日目はあいにくの天気でしたが、なんとか無事敢行されました。
一日目、現地まちあるきは、大雨の中でしたが、韮山反射炉と、この反射炉を造成し、
西洋近代型の兵法や考え方を導入することで、神奈川~静岡の海岸線を守るべく奮闘した、
天領を司る御代官様、「江川英龍(太郎左衛門)」の拠点であった「江川邸」(重要文化財。ちなみに、江川英龍は、日本初の?パンを焼いた人でもあるそう。その時は、兵糧代わりの携帯食で、とても固いものだったそうです。また、西洋式兵法等を教える「通称:韮山塾」も開設し、花燃ゆでも出てきた久坂玄瑞も学んだとか)を見学。


その後、駅周辺や、千年以上続き、源頼朝も入湯したとも言われる古奈温泉(山養荘新館は村野藤吾設計)、田んぼが冬に凍らないことから不思議に思いつついたらでてきた、明治期からの伊豆長岡温泉(京都と二カ所しかなかった芸妓学校がかつてあったとか。コンパニオン発祥の地でもある?!)などを見学しました。
(地元紙の伊豆日日新聞にも掲載していただきました)。



そして、本日一日目から二日目にかけて資源調査のまとめをしながら、ファーストインプレッション
でのアイデアをアイデアカードに記し、なんと、もう、中間発表会。
伊豆長岡駅の拠点機能に必要な3つの視点である、
交通拠点班、生活拠点班、観光拠点班の3つの班に分かれて、検討を行いました。
中間発表会では、自治体職員や地域の方々のお集まりの中、プレゼンののちに、
アイデアカードに投票してもらいましたが、それが功を奏したののか、自治体職員の
方々からもいろいろとご意見頂きました。



三日目には、ようやく晴れてきたので、周辺の現地調査などを行いながら、確認し、
徐々に案を固めながら、具体的な空間なども意識して提案を詰めていきました。


そして、発表会には、市長、副市長をはじめとして、自治体職員の方、市議会議員の方、
地域の方々にもお越し頂き、発表を聞いて頂きました。
観光チームは、反射炉や温泉に、点で訪れてしまうのではなく、その周辺にある文化(「パン祖」江川英龍や、反射炉にまつわる様々な文化的背景、北条時政に源頼朝に始まる平安末期からの歴史をつくった物語がふんだんに伝わる歴史の流れ、イチゴやブルーベリーなどによる観光農園、京都とここしかなかった元芸妓学校、いろんな富士山ビュースポットなどなど)を面的に楽しむための入り口としてのハブとなる入り口を、農家カフェと足湯を交えて提案。

生活チームは、鉄道に乗っている高校生、保育園送り帰りのおかあさん、新たな仕事として農業を選んだニューファーマー、病院の開院待ちの行列など、ちいさなまちの人々のすき間をみつけ、これらの人々も快適に心地よく待ったり活動や交流ができる場所を提案。利用者の潜在ニーズはまちなかに眠っているということを丁寧に掘り起こしています。
交通チームは、様々な交通手段(鉄道、路線バスにシャトルバス、各旅館の送迎バス、タクシー、レンタサイクル、乗合タクシーなどなど)が集まるが、乗り換えがわかりにくい中で、リニアに交通が並び、これをコーチングしつつ、快適な待合も提供する、モビリティセンターを提案。さらに、ちょいモビやランニング、狩野川でのカヤックなど、新たなモビリティも提案。

その後ディスカッションにて、地域の方や議員さん、職員さんに副市長、市長にコメントを頂きました。提案自体は、数日のものであり、細かく詰められたクオリティのものではなかったかも知れませんが、学生のみなさんは120%の力を出しつつこの時間では最高の成果を出していたと思いますし、集中したOJTの日々の中で、かなりの実力と成長を身につけたのではないかと思うので、自信をもって次の活動に向かって欲しいと思います。

パネル展示
交通班の提案模型



伊豆の国市長からのコメント
また、地域にとっても、多分、初めての経験だったと思いますが、発表会後の様子を見ても、
それぞれの方々に対して、それぞれの形での刺激となったのではないかなと思います。
次のステップとして、これをたたき台としながら、地域でどのような動きが生まれるか、
とても楽しみです。

2015年5月7日木曜日

2015年度:プロジェクト(活動)概要

2015年度、プロジェクト(活動)の概要です。

【1.モノづくりのまちづくり研究(大田クリエイティブタウン研究会)】
 :首都大学東京(・東大)・大田観光協会等と協働
1-1)モノづくりのまちを、まちづくり・エリアプロモーションの観点から再編集する
 ▼おおたオープンファクトリー(ものづくりを中心としたエリアプロモーションイベント)の実施
 ▼くりらぼ多摩川の運営(地域実践センター:地域課題実習とも連携)
 ▼クリエイティブタウンデザインセンター設立の準備
1-2)アセットマネジメント研究(地域の不動産をどう再生活用してゆくかスタディ)研究会
1-3)研究調査
 ▼矢口下丸子地区、モノづくりのまちづくり評価
 ▼瑞浪市、窯業のまちづくり?????

【2.ストリートマネジメント研究(みちまちプロジェクト)】
2-0)ストリートマネジメント研究会
2-1)石巻市市役所大通り「みちづくりのまちづくり」
 ▼中心市街地の土地区画整理事業・街路拡幅に伴う、街路・沿道地域再生、空地マネジメント
2-2)保土ヶ谷区旧東海道の「景観・にぎわい」づくり(地域課題実習とも連動)
 ▼昨年度・地域環境計画演習にて提案の「ほどわごん」の実施に向けた動き
 ▼旧東海道のみちづくりとの連動と、景観づくりのあり方検討
2-3)喜多方市のまちづくり(喜多方の地元商店街・地域組織・福島県等)
 ▼県道整備に伴うファサード改修事業/「くらにわ」プロジェクト
2-4)□新綱島駅周辺グランドデザイン検討会

【3.郊外まちづくり(相鉄いずみ野線沿線)研究】
→「環境都市デザインスタジオS」と連携
 相鉄いずみ野線沿線において、縮減時代における新たな郊外都市ビジョンを検討し、民間企業(相鉄HD等)とも協働して、新たなプロジェクトを検討する。横浜市環境未来都市とも連動。
⇒三年間のスタジオ及び研究のまとめ

【4.横浜駅西口周辺グランドデザインプロジェクト】
 ⇒Y-GSA 北山先生及びインディペンデントスタジオ等との連携
 横浜駅西口駅前広場とその周辺建物等のデザイン及びマネジメントのあり方について

【5.その他、やる?やらない?プロジェクトの芽】
□ Open City研究 (首都大学東京と協働) →平成27年度以降も科研費あり
→建築をまちに「開く」取組みに関する研究
→建築・都市を一斉に公開するオープンシティイベント研究【季刊まちづくり37号参照】
→一昨年度は、「おおたオープンファクトリー」をテーマに研究(金谷優香修論)

□ 大田区景観まちづくりに関する制度支援関連研究 →景観表彰制度の制定
→これに関連した、景観計画・景観条例等制度に関連する「表彰制度」の実態と効果

□UDCY(アーバンデザインセンター横浜)再生に向けての活動
 -地域の都市デザイン・まちづくりのシステム・組織・仕組みのあり方を考えながら活動する

□中山間地域マネジメント:高山市上宝町長倉集落等【季刊まちづくり37号・技法集】
→現在は休止中

□国内外の創造都市研究

□伊豆長岡(伊豆の国市)プロジェクト???
 -1.駅前周辺整備構想プロジェクト
 -2.立地適正化計画・公共施設等総合計画との関係を考える

□都留市水を活かしたまちづくり
  +CCRC(コンティニュイティ・ケア・リタイアメント・コミュニティ)??



喜多方探訪:その1 ふれあい通り

久々に投稿です。

GWは、私が、十年来関わっている、福島県喜多方市を訪問しました。
喜多方市では、2001年より、東京大学都市デザイン研究室らとともに、さまざまな
まちづくりの活動や実践が行われてきましたが、ここでは、その一つ、
ふれあい通りでの取り組みを紹介したいと思います。

「ふれあい通りの『みちのまちづくり』」



喜多方市は、中世末期(1500年代後半)、蒲生氏らによる、市をもとにした町立て
を基にしてできた在郷町であり、その中心部の一つ、「小荒井」が、
現在のふれあい通りであり、現在に至るまで発展し続けました。

現在のふれあい通りは、3つの商店街(仲町・中央通り・下南商工会)に分かれていますが、
この3つが一緒になって、ふれあい通りを形成・運営しており、喜多方の中心商店街
としてこれまで続いてきました。

一方、都市計画的には、この道路は県(喜多方建設事務所)が有する都市計画道路であり、
拡幅の予定線も引かれています。しかしながら、喜多方は、日本一の蔵の町でも有名であり、
そのメイン通りでもあるふれあい通りには、登録文化財でもある多くの蔵や建築物も
存在していることから、現在の幅員を維持したままま、その地域特性を活かした街路
事業が実施されています。

また、他都市と同じくして、御多分にもれず、昭和50年代には、商業近代化事業の
一環として、アーケードが設置されました(そのおかげで蔵が隠れてしまい、目の前で
「蔵の街はどこですか?」と聞かれることも…)。しかしながら、現代においては、老朽化が
進む中で、アーケード撤去が議論されました。雪深い喜多方地方では、単純にアーケード
を採ればよいというものでもなく、いろんな議論の末(一時期は、店蔵を持つ店舗が
自分のところだけアーケードを撤去したこともありました)、アーケードを撤去することを
商店街で決断しました。

これに伴って、県も地域のまちづくりを尊重する道路整備で支援をしてくれました。
道路整備に関して、地域の声を聞くような委員会を設置して、意見収集をした後に、
まず、アーケード撤去に伴う街路整備事業の中に、無散水消雪(地中にパイプを埋設し、
流れる水の熱で雪を溶かす)事業を実施してアーケード撤去に伴うデメリットを解消すると
ともに、無電柱化事業も実施し、幅員が拡幅しない中での歩行者空間を豊かな街路
設計を実現してくれました。

歩行者空間としてもフラットで快適な空間を目指した上に、歩道と車道の境界は段差を
なくしてフルフラットとし、車止めについても可動の植栽枡(花壇)を地元でつくって用いる
ことで(地元産材の荻野石を用いて地元で作成しました)、祭りやイベント時には
自由に道路空間を活用できるような工夫を行いました。







また、無電柱化に伴う変圧器(トランス)の存在により、通常は電柱をなくしても歩行者空間が
広くならなかったりするものですが、この変圧器(トランス)置き場を、民間の敷地側の一部を
提供してもらって、設置することで、歩道の有効幅員を確保するとともに、単に置き場とせずに
置き場とともにポケットパークを設置することで、一体的な活用を試みました。
(いずれも道路扱いの空間)
喜多方では街路の後ろ側には蔵が並ぶことも多いことから、「蔵庭」(くわにわ)と名付けられました。
蔵庭は、県が所有していますが、実際の管理は地元商店街が実施しています。



さらに、こうしたアーケード撤去事業の実施に伴って、これまでなおざりにしてきた店舗の
正面(ファサード)があらわになってきたことから、商店街が自分たちで補助金を獲得して、
アーケードの改修事業を実施し、数十軒の店舗がファサードを改善しました。



このように、様々な取り組みを重ねてきたふれあい通りでの活動はどう評価されるのか、
地元、店舗、来訪者なども含めた評価をしていきたいと思っています。

来訪した日は、偶然、歩行者天国としてみちを活用している日でした。
実際に蔵庭も、地元商店街が地域団体に貸与し、そこでライブを行っていました。
(狭いので、観客席は道路や隣地を活用し)官民の連携による使い方も見られました。




今後、どう発展してゆくか、楽しみです。