久々の更新です。
現在、研究室の有志と、宮城県石巻市のまちなかにある
「市役所大通り」(と言っても、市役所は現在駅近くにあるため、
旧市役所大通りともいうべき)の「まちなみ委員会」のお手伝いをしています。
みちのあり方と沿道のまちなみのあり方を、地域の方々(商店主・地権者等)・
行政・まちづくり会社(まちづくりまんぼう)とともに考える勉強会です。
市役所大通りでは、震災前から都市計画道路としての計画がありましたが、
震災後は、その先にある日和山や公民館への避難の経路、
歩行者の安全な非難、緊急車両の通行などを平時にも
隣接する小学校への歩行安全性などが加味されて、周辺の街区と
併せて土地区画整理事業の中で、道路が改めて拡幅されることになりそうです。
そこでは、まずは、みちのまちづくりの事例紹介をした上で、
まちのコンセプトと通りのあり方をWSで意見しあい、
通りのあり方のアイデアの意見交換をした上で、
検討模型を使いながら、みちと沿道のカタチを話し合いました。
(今後はこれを基に、街並みの作法とソフトのあり方を話し合う予定)。
これまでの都市計画の考え方の中では、モータリゼーションも発達する中で、
道路の公共性というのは、スムーズな交通処理と安全な通行であったかと思います。
従って、その通りが通る地域の地域性よりも、ネットワーク全体の
公共性が優先され、地域の意向よりも上位の意思決定が優先されてきています。
縮減時代においては、この交通量も人口減少に合わせて頭打ちに
有る可能性、そして、そもそも事業を実施してゆく体力低下なども合わさると、
今後、貴重な空間・貴重な事業をどのように活かしきれるかが、都市運営・都市経営
の観点からも重要となってきます。
これまでの経験では、福島県喜多方市のまちづくりでは、
様々な「みち」をきっかけにした街づくりを試みてきました。
都市計画道路の拡幅をせずに、地域資源である蔵も多く残るみちを
街路事業で無電中化+無散水消雪化を図りつつ、沿道ファサード整備を
行いつつ、無電中化に伴うトランス置き場をポケットパークとして整備する
「くらにわ」プロジェクトも進んでいます。
また、幅員が20m広がった沿道を考える「(喜多方)駅前通り」の建築のあり方検討
これまでの都市計画によって広がることが決定した「市役所通り」のあり方
(実現せず)
拡幅事業等は行われないが、魅力的な地域資源が連続するみち(おたづき蔵通り)のあり方検討
また、松山市では、伊予鉄松山市駅と堀之内(旧松山城跡)を結ぶ幅員40m弱の
「花園町通り」の断面構成を再検討しながら、歩いて楽しく、有効に使える
魅力ある都市資源としての外部空間が目標とされる検討をしています。
みちは、通るだけでなく、貴重な「外部空間」であり、
この外部空間をどのように価値づけできるか、地域のモノとできるか、
施設や建築物で価値づけするのが、需要や経済的事情により難しくなる
この時代だからこそ、非常に重要になってきます。
また、今年度は、保土ヶ谷区の旧東海道の道のあり方を考える予定です。
2013年8月12日月曜日
2013年7月9日火曜日
都市-郊外-地方のトライアングル
都市-郊外-地方の関係性を巡る三つの話です。
【その1】 三浦展氏によるミニレクチャー(コレヨコAgain、2013年7月5月)
消費社会を研究されている三浦展さんによれば、郊外も含めた高齢社会を迎える中で
※2055年の人口は1960年代水準に戻る(8000万人)
※2055年の人口最大世代は、81歳(つまり団塊Jr.がずっと最多世代になる)
そのため、年金生活後も団塊Jrが最多層になり若者の負担増大と「若者の取り合い」が起こる
※東京では、ベビーブーム(疎開があるので1941年ごろのみ)と第二次ベビーブームがあるが、
地方では、第二次ベビーブームはない(東京にとられている)
※都心回帰は、流入したのではなく、流入よりさらに流出が減った(東京から離れなくなった)
そしてそれは、子どもを産まなくなったので、郊外に出なくなったことを示している
※23区の人口増加の40%は外国人であり、東京も外国人でもっている
※パラサイトシングルや未婚者が増えている。制約社員(介護や子育てで自由に仕事ができない)
人も増えてくる
※中年パラサイトシングルが増えると相続もできず空き家が問題となる…
※こどもとの近居希望者は増えている
→誰もが一人前では生きられない時代が来る
→郊外を「都市化」する必要がある
→シェア型社会が必須になる
【その2】 阿部真大(2013)『地方にこもる若者たち』(朝日新書)の読了
地方にこもりがちだと言われる現代の若者を、社会的状況で客観的に捉え直した本書は、
20代以下の皆さんを理解するうえでも非常に面白い書です。
そもそも「KY(空気を読めない)」という若者を批判する大人の時代は、空気は、誰もが
読みやすいわかりやすいものであったが、現代は、そもそも、空気は読めないものであり、
空気を読もうと必死なのであり、だからこそKYがレッテルを貼られるのだという指摘は、
そもそもの両者のスタンスを明確にしています。
モータリゼーションが完遂してしまった現代においては、
つまらない田舎と便利な都会の間である、「ちょうどよい感じの地方都市」が
魅力と捉えられ、「ほどほどパラダイス」であるイオンは余暇の中心であり、
大都市はプラスアルファの余暇に過ぎない点、
ファスト風土が懐かしいと感じる世代にとって、地元とは、ショッピングセンターでありコンビニであり観光名所あるという現実、そして、地元志向に回帰する現代ではあるが、あくまで家族や友人関係が中心であり、地域関係は含まれていない点、ただし、子育てなど必要なライフイベントに伴い地域関係が開かれうる点、
余暇そのものを充実させるのではなく余暇を仕事の延長線上で考えることで生きる知恵を持つ、
独身貴族→パラサイトシングル→社会的弱者と変容するおひとりさまの位置づけ、
やむを得ず一緒にいざるを得ない親との友達関係、いつ崩壊しかねない、仕事のやりがいとパラサイト関係とそこから切り開こうと試みる若者などが示されています。
さらには、J-POPの歌詞を分析して、
80年代(BOØWY):社会への反発(逃げ)と母性による承認←若者が楽しめるところのない地方
90年代(B'z):不安定化した社会に向き合う努力(敵の喪失)←ゆとり教育、男女平等、地域衰退
(ミスチル):ありのままで始まる関係性による自分らしさの再定義
00年代(キックザカンクルー):地元回帰による地域の関係性構築
そして、現代は、切り開きながら関係性を再構築する若者に切り開かれ方が提示されています。
※内にこもりつつ外に開いてゆく
他人のことはわからないことを前提に話し合いによって、自分たちを
少しずつ変化させてゆく、「新しい公共」のあり方を探る生存戦略
【その3】「建築から社会を考える」伊東豊雄氏シンポジウム(2013年7月9日)
本日7月9日、横浜国大にて、伊東豊雄さんのシンポジウムがありました。
「みんなの家からこれからの建築を考える」
「みんなの家からこれからの社会を考える」ということで、被災地のいくつかに
つくられたみんなの家とその設置プロセスを追いながら、近代の都市と人間の関係を
超えた社会のあり方が示されました。
特に、「岩沼市のみんなの家」を創る際に関わった、新たな農業を創出しようと頑張る
NPOがんばっと玉浦の方々や、そこに関わる会社(や中田英寿)と情報発信拠点化、
あるいは、「釜石漁師のみんなの家」に見る漁連のボスと、直接消費者とつながるホタテ漁師の関係、そして、東京都も頻繁につながりながら、それらをマネジメントする、花巻にいるNPO東北開墾の方の姿に、これまでの地方や家族、都会や弱い紐帯を超えた、地方と都会を自由に行き来する
「新しい個の強い絆」を見出したというお話でした。
元気な被災地の個が突かれた東京の個を蘇らせる…と。
***
この3つのお話は、「都市-郊外-地方の新たな関係性」を感じさせる興味深い話です。
都市か地方かでもなく、都市か郊外かでもなく、このトライアングルをどうトリップできるか、
もしくは、郊外がどのように都市-地方化できるか(私生活主義の脱出と他者への想像力)、
地方がどのように都市郊外化できるか、都市がどのように郊外地方化できるかなど、
様々な側面を想像することができるでしょう。
【その1】 三浦展氏によるミニレクチャー(コレヨコAgain、2013年7月5月)
消費社会を研究されている三浦展さんによれば、郊外も含めた高齢社会を迎える中で
※2055年の人口は1960年代水準に戻る(8000万人)
※2055年の人口最大世代は、81歳(つまり団塊Jr.がずっと最多世代になる)
そのため、年金生活後も団塊Jrが最多層になり若者の負担増大と「若者の取り合い」が起こる
※東京では、ベビーブーム(疎開があるので1941年ごろのみ)と第二次ベビーブームがあるが、
地方では、第二次ベビーブームはない(東京にとられている)
※都心回帰は、流入したのではなく、流入よりさらに流出が減った(東京から離れなくなった)
そしてそれは、子どもを産まなくなったので、郊外に出なくなったことを示している
※23区の人口増加の40%は外国人であり、東京も外国人でもっている
※パラサイトシングルや未婚者が増えている。制約社員(介護や子育てで自由に仕事ができない)
人も増えてくる
※中年パラサイトシングルが増えると相続もできず空き家が問題となる…
※こどもとの近居希望者は増えている
→誰もが一人前では生きられない時代が来る
→郊外を「都市化」する必要がある
→シェア型社会が必須になる
【その2】 阿部真大(2013)『地方にこもる若者たち』(朝日新書)の読了
地方にこもりがちだと言われる現代の若者を、社会的状況で客観的に捉え直した本書は、
20代以下の皆さんを理解するうえでも非常に面白い書です。
そもそも「KY(空気を読めない)」という若者を批判する大人の時代は、空気は、誰もが
読みやすいわかりやすいものであったが、現代は、そもそも、空気は読めないものであり、
空気を読もうと必死なのであり、だからこそKYがレッテルを貼られるのだという指摘は、
そもそもの両者のスタンスを明確にしています。
モータリゼーションが完遂してしまった現代においては、
つまらない田舎と便利な都会の間である、「ちょうどよい感じの地方都市」が
魅力と捉えられ、「ほどほどパラダイス」であるイオンは余暇の中心であり、
大都市はプラスアルファの余暇に過ぎない点、
ファスト風土が懐かしいと感じる世代にとって、地元とは、ショッピングセンターでありコンビニであり観光名所あるという現実、そして、地元志向に回帰する現代ではあるが、あくまで家族や友人関係が中心であり、地域関係は含まれていない点、ただし、子育てなど必要なライフイベントに伴い地域関係が開かれうる点、
余暇そのものを充実させるのではなく余暇を仕事の延長線上で考えることで生きる知恵を持つ、
独身貴族→パラサイトシングル→社会的弱者と変容するおひとりさまの位置づけ、
やむを得ず一緒にいざるを得ない親との友達関係、いつ崩壊しかねない、仕事のやりがいとパラサイト関係とそこから切り開こうと試みる若者などが示されています。
さらには、J-POPの歌詞を分析して、
80年代(BOØWY):社会への反発(逃げ)と母性による承認←若者が楽しめるところのない地方
90年代(B'z):不安定化した社会に向き合う努力(敵の喪失)←ゆとり教育、男女平等、地域衰退
(ミスチル):ありのままで始まる関係性による自分らしさの再定義
00年代(キックザカンクルー):地元回帰による地域の関係性構築
そして、現代は、切り開きながら関係性を再構築する若者に切り開かれ方が提示されています。
※内にこもりつつ外に開いてゆく
他人のことはわからないことを前提に話し合いによって、自分たちを
少しずつ変化させてゆく、「新しい公共」のあり方を探る生存戦略
【その3】「建築から社会を考える」伊東豊雄氏シンポジウム(2013年7月9日)
本日7月9日、横浜国大にて、伊東豊雄さんのシンポジウムがありました。
「みんなの家からこれからの建築を考える」
「みんなの家からこれからの社会を考える」ということで、被災地のいくつかに
つくられたみんなの家とその設置プロセスを追いながら、近代の都市と人間の関係を
超えた社会のあり方が示されました。
特に、「岩沼市のみんなの家」を創る際に関わった、新たな農業を創出しようと頑張る
NPOがんばっと玉浦の方々や、そこに関わる会社(や中田英寿)と情報発信拠点化、
あるいは、「釜石漁師のみんなの家」に見る漁連のボスと、直接消費者とつながるホタテ漁師の関係、そして、東京都も頻繁につながりながら、それらをマネジメントする、花巻にいるNPO東北開墾の方の姿に、これまでの地方や家族、都会や弱い紐帯を超えた、地方と都会を自由に行き来する
「新しい個の強い絆」を見出したというお話でした。
元気な被災地の個が突かれた東京の個を蘇らせる…と。
***
この3つのお話は、「都市-郊外-地方の新たな関係性」を感じさせる興味深い話です。
都市か地方かでもなく、都市か郊外かでもなく、このトライアングルをどうトリップできるか、
もしくは、郊外がどのように都市-地方化できるか(私生活主義の脱出と他者への想像力)、
地方がどのように都市郊外化できるか、都市がどのように郊外地方化できるかなど、
様々な側面を想像することができるでしょう。
2013年7月1日月曜日
コレヨコ(これからどうなるヨコハマ)again
横浜の創造界隈の拠点の一つであり、様々な創造活動を発信し続ける、BanART。
このバンカートで数か月単位で開催される「BanART School」の一環として、
「コレヨコ(これからどうなるヨコハマ)again」
というスクールが、BankARTのリーダー池田さんと、建築家佐々木達郎さんを主催として
行われています。
そこでは、毎週1回ずつ集まり、全7回にわたるシリーズレクチャー&ゼミです。
第一回は、元横浜市職員で、ヨコハマの都市形成をまとめた名著、『港町・横浜の都市形成史』
の編纂にも携わられた)石黒さんから、横浜開港から戦後(六大事業まで)の都市形成レクチャー。
軍事的理由も含めて鉄道が横浜(当時は桜木町)を通らなくなったところから、横浜が中心から外れてしまった話や、綱島温泉がかつて桃の生産地だった話、郊外の土地利用分布の話(自然・集落・養蚕ほか)など、
二回目は、土井さん(横浜市水道局)と加川浩さん(浅田孝氏が立ち上げ、田村明氏も所属していた日本初?の都市コンサル事務所「環境開発センター」で活動ののち、自ら独立されて横浜の都市デザインに大きくかかわった方)を中心に、主に横浜の都市づくりの骨格となった「六大事業」の
お話しがありました。
そして、第三回目は、私が千葉大学の岡部明子先生をお呼びして、
芸術文化創造都市・横浜、そしてインナーハーバー構想などの見られる2000年代、
「シティ・リージョン」の概念を通して、新たなヨコハマの開国論?とまではいかなくとも、
新しい横浜のネットワーク構築について議論しました。
岡部先生は、ヨーロッパ、特にバルセロナの都市政策にお詳しく、これを中心に話されました。
横浜とバルセロナ、1859年という同じ年に都市の骨格が出来上がった話
(開国・関内の形成とイルデフォンソ・セルダのプラン)を皮切りに、二つの提言を頂きました。
「日本文化は(元々)クリエイティブ」
過去を論理的に整理する「Innvative」より、過去をリセットする(水に流す)ことのできる
文化は「Creative」である、そして、都市をリセットして使いこなすバルセロナと、
それに向いた日本文化というお話。
バルセロナには、これまで、二つのリセットがあり、
バルセロナの一つ目のリセットは、「1976年、フランコ政権の終焉とともに民主化」。
その際、都市デザインとしては『公共空間』を通して都市を開くことを試み、
空地の創出による「多孔質化(スポンジ化)」を目指すと同時に、
(1934年、コルビュジェも少し関わっていたともいわれる都市ビジョン、マシア計画に、
既に多孔質化が計画されていたとのこと)
EC加盟と1992年バルセロナオリンピックを契機に、さらに『海に都市を開く』ことで
大きな公共空間を創出し、海岸線を4㎞に及んで、見捨てられた空間を都市に開いたのでした。
ちなみに、海を都市に開いたもう一つの時代は、中世地中海都市を目指した時の
バルセロナ、大航海時代に向けて地中海の首都となるべく開かれた時代です。
そして、バルセロナの第二のリセットは、2011年における政権交代。
新政権となり、技術系スタッフやチーフアーキテクトも入れ替わったようです。
そこでの都市戦略は、これまでと逆の「都市と山をつなぐ」。
緑の連結による都市と山との関係構築を中心としたプランです。
そして、もう一つの提言は、
「日本文化には、ネットワークは不利」
行政圏域(国や県など)同士のつながりよりも、「バルセロナ」とか「パリ」
という、「都市」が点と点として直接、しかも圏域を超えてつながる都市同士の
連携関係として「シティリージョン」という概念をご説明いただきました。
都市と地域が手を携える欧州、EUモデル、そして、
地中海から中欧(というより西欧の東側)を通り北欧・イギリスに
向けてのライン「ブルーバナナ」がEUの発展ラインであることが示され、
都市の繋がり方に骨格が生まれたようです。
コペンハーゲン(デンマーク)とマルメ(スウェーデン)は国を超えて橋がかかり、
就業地と居住地として(マルメの方が住宅が安い)、日々、橋を越えた通勤が行われているなど、
都市同士がつながることによる「シティリージョン」の事例も紹介いただきました。
これらを受けて横浜のこれからを考えます。
東京と横浜の関係、あるいは横浜の中心と郊外の関係を超えた、新たな都市ネットワークの
可能性はないか、例えば、東京を奥にして東京湾の両サイドに立つ横浜と千葉が、
「海のゲートシティ」として新たな関係を構築するとか(海に近い南の方が、「上」総…)、
あるいは、朝鮮通信使のような、各都市と国内外の多様なネットワークなど、想像は膨らみます。
いずれにしても、ネットワークは「仕掛けた側」が有利とのこと。受け手のネットワーク化は、
むしろ、ストローで吸い上げられる可能性もあり、ネットワークの積極性も提言されました。
このバンカートで数か月単位で開催される「BanART School」の一環として、
「コレヨコ(これからどうなるヨコハマ)again」
というスクールが、BankARTのリーダー池田さんと、建築家佐々木達郎さんを主催として
行われています。
そこでは、毎週1回ずつ集まり、全7回にわたるシリーズレクチャー&ゼミです。
第一回は、元横浜市職員で、ヨコハマの都市形成をまとめた名著、『港町・横浜の都市形成史』
の編纂にも携わられた)石黒さんから、横浜開港から戦後(六大事業まで)の都市形成レクチャー。
軍事的理由も含めて鉄道が横浜(当時は桜木町)を通らなくなったところから、横浜が中心から外れてしまった話や、綱島温泉がかつて桃の生産地だった話、郊外の土地利用分布の話(自然・集落・養蚕ほか)など、
二回目は、土井さん(横浜市水道局)と加川浩さん(浅田孝氏が立ち上げ、田村明氏も所属していた日本初?の都市コンサル事務所「環境開発センター」で活動ののち、自ら独立されて横浜の都市デザインに大きくかかわった方)を中心に、主に横浜の都市づくりの骨格となった「六大事業」の
お話しがありました。
そして、第三回目は、私が千葉大学の岡部明子先生をお呼びして、
芸術文化創造都市・横浜、そしてインナーハーバー構想などの見られる2000年代、
「シティ・リージョン」の概念を通して、新たなヨコハマの開国論?とまではいかなくとも、
新しい横浜のネットワーク構築について議論しました。
岡部先生は、ヨーロッパ、特にバルセロナの都市政策にお詳しく、これを中心に話されました。
横浜とバルセロナ、1859年という同じ年に都市の骨格が出来上がった話
(開国・関内の形成とイルデフォンソ・セルダのプラン)を皮切りに、二つの提言を頂きました。
「日本文化は(元々)クリエイティブ」
過去を論理的に整理する「Innvative」より、過去をリセットする(水に流す)ことのできる
文化は「Creative」である、そして、都市をリセットして使いこなすバルセロナと、
それに向いた日本文化というお話。
バルセロナには、これまで、二つのリセットがあり、
バルセロナの一つ目のリセットは、「1976年、フランコ政権の終焉とともに民主化」。
その際、都市デザインとしては『公共空間』を通して都市を開くことを試み、
空地の創出による「多孔質化(スポンジ化)」を目指すと同時に、
(1934年、コルビュジェも少し関わっていたともいわれる都市ビジョン、マシア計画に、
既に多孔質化が計画されていたとのこと)
EC加盟と1992年バルセロナオリンピックを契機に、さらに『海に都市を開く』ことで
大きな公共空間を創出し、海岸線を4㎞に及んで、見捨てられた空間を都市に開いたのでした。
ちなみに、海を都市に開いたもう一つの時代は、中世地中海都市を目指した時の
バルセロナ、大航海時代に向けて地中海の首都となるべく開かれた時代です。
そして、バルセロナの第二のリセットは、2011年における政権交代。
新政権となり、技術系スタッフやチーフアーキテクトも入れ替わったようです。
そこでの都市戦略は、これまでと逆の「都市と山をつなぐ」。
緑の連結による都市と山との関係構築を中心としたプランです。
そして、もう一つの提言は、
「日本文化には、ネットワークは不利」
行政圏域(国や県など)同士のつながりよりも、「バルセロナ」とか「パリ」
という、「都市」が点と点として直接、しかも圏域を超えてつながる都市同士の
連携関係として「シティリージョン」という概念をご説明いただきました。
都市と地域が手を携える欧州、EUモデル、そして、
地中海から中欧(というより西欧の東側)を通り北欧・イギリスに
向けてのライン「ブルーバナナ」がEUの発展ラインであることが示され、
都市の繋がり方に骨格が生まれたようです。
コペンハーゲン(デンマーク)とマルメ(スウェーデン)は国を超えて橋がかかり、
就業地と居住地として(マルメの方が住宅が安い)、日々、橋を越えた通勤が行われているなど、
都市同士がつながることによる「シティリージョン」の事例も紹介いただきました。
これらを受けて横浜のこれからを考えます。
東京と横浜の関係、あるいは横浜の中心と郊外の関係を超えた、新たな都市ネットワークの
可能性はないか、例えば、東京を奥にして東京湾の両サイドに立つ横浜と千葉が、
「海のゲートシティ」として新たな関係を構築するとか(海に近い南の方が、「上」総…)、
あるいは、朝鮮通信使のような、各都市と国内外の多様なネットワークなど、想像は膨らみます。
いずれにしても、ネットワークは「仕掛けた側」が有利とのこと。受け手のネットワーク化は、
むしろ、ストローで吸い上げられる可能性もあり、ネットワークの積極性も提言されました。
2013年6月6日木曜日
「間にある都市」 -相鉄いずみ野線沿線協議会-
去る6月5日、相鉄いずみ野線沿線の地域再生を考える、環境未来都市の連絡協議会が、
泉区の相鉄文化会館で開催されました。
これは、横浜市の郊外である相鉄いずみ野線沿線エリア(二俣川駅~湘南台駅沿線)を
中心として、これからの郊外地域の新たな都市ビジョンを探るものです。
横浜市では、戦後(特に60年代以降)の急速な都市発展、人口増加の波の中で、
郊外に、半ば計画的に、半ば無秩序に住宅が建設されてきました。
横浜は、空間的にも、手のひらのように尾根と谷が入り組み、襞のように斜面緑地が
取り巻いているわけですが、その多くが住宅地として開発されてきました。
その一方で、市街化調整区域は市域の1/4に及び、中でも市独自の制度として
農業専用地区などを設け、郊外にある自然や産業を価値として維持する計画も用いてきました。
このように、都市の中でも無視できない、郊外エリアにおいても、中には高齢化や空き家化
などの課題を多く抱える地域も現れ始め、
将来的に市の大きな課題になることが懸念されています。
さて、協議会に戻りますが、こちらは、20人くらいの会合かと思いきや、なんと100人超!
市の方々や相鉄の方々をはじめ、連合自治会長さん、大学の先生、企業の方々など、
正に、公×民×学が集まり、縮減時代の新たな都市のあり方を考える連携体としての会議です。
何か話せと言うことだったので、私の方からは、
これからは、いろんな関係がひとつの地域に多層的に重なりあうことが重要
(といってもアレギザンダーも含めて新しい話ではないですが…)ということで、
ある意味似たような郊外である柏の葉(千葉県柏市)と比較しながら、
いずみ野線沿線のお散歩から気づいたことを話しました。
また、横浜国立大学で建築計画(特に住宅や郊外団地等)をご専門とする藤岡先生からは、
戸建ニュータウンでの生い立ちから始まり、お父様がおうちでカフェを始めた話、
そして、「近居」と近しい絆、「住めば都」の可能性についてお話を伺いました。
90年代後半と、少し昔になりますが、ドイツの都市計画家であるトーマス・ジーバーツ氏が、
「ツヴァイスンシュタット(間にある都市)」という概念を提唱されました。こちらは、
日本語訳が出ています(トマス・ジーバーツ著、蓑原敬監訳『都市田園計画の展望
「間にある都市」の思想』[学芸出版社、2006年])。
これからの「間にある都市」におけるキーワードとして、
やや抽象的で概念的ですが、
1.多層性(様々な関係性が同時に起こりうる、そしてその関係はオープンエンドである)
2.自律性(自立しつつ、かつ自分で律する)
3.価値の質(量ではなく多元的な質で評価する)
ことが考えうるだろうと思っています。
『明日の田園都市』でE.ハワードは、「都市と農村の結婚」という表現を用いていましたが、
都市のよさと自然を同時に享受できる、間にある都市は、一見、アイデンティティのない
なんでもないところのようですが、いろんな関係性をそこに紡ぐことで、新たな地域像が
生まれる可能性もあります。しかも、それは必ずしも、密度やコミュニティにはよらない、
しかしながら、「つながる」関係を築けるのかもしれません。
また、中心からは同心円状ということは、中心に比べて面積も広いということになる
この「郊外」エリアも、今後様々な関係を構築してゆくと、一様な「郊外」ではくくれなくなる
可能性があります。依然として「中心」との関係性は残り続けるでしょうが、すべての郊外が
一様な中心との関係とはなりえないということです。
しかしながら、高度成長期にあわてて作られた結果、どうしても単一的な(一様な)場所に、
この多層性をどのように持ち込むことができるのか、そこを探っていきたいと思います。
また、空間(不動産、アセット)の評価としても、その単一性の中でのマスマーケットにおける
評価基準が卓越していたこれまでから、多様化するニーズに合わせた、マイクロマーケット
の可能性についても併せて考えたいと思います。
先項で、書籍『現在知』 での郊外に関する論考についてご紹介しました。
中でも面白かったのは、生まれ出ずる小さな活動の可能性、そしてそれが広がって
人を育んだりして、また生まれ出ずる新たな活動の可能性だったように思います。
そして、どうやらその可能性の度合いは、距離や密度には依らない(もしくは単純な減損ではない)
のではないかという仮説です。
現在、私が担当している大学院スタジオ(環境都市デザインスタジオ)でも、
この場所(相鉄いずみ野線沿線)を舞台にして、
これからの郊外生活、空間のあり方を検討しています。
『間にある都市』に、どんなビジョンが描けるか、これから考えてゆきたいと思います。
泉区の相鉄文化会館で開催されました。
これは、横浜市の郊外である相鉄いずみ野線沿線エリア(二俣川駅~湘南台駅沿線)を
中心として、これからの郊外地域の新たな都市ビジョンを探るものです。
横浜市では、戦後(特に60年代以降)の急速な都市発展、人口増加の波の中で、
郊外に、半ば計画的に、半ば無秩序に住宅が建設されてきました。
横浜は、空間的にも、手のひらのように尾根と谷が入り組み、襞のように斜面緑地が
取り巻いているわけですが、その多くが住宅地として開発されてきました。
その一方で、市街化調整区域は市域の1/4に及び、中でも市独自の制度として
農業専用地区などを設け、郊外にある自然や産業を価値として維持する計画も用いてきました。
このように、都市の中でも無視できない、郊外エリアにおいても、中には高齢化や空き家化
などの課題を多く抱える地域も現れ始め、
将来的に市の大きな課題になることが懸念されています。
さて、協議会に戻りますが、こちらは、20人くらいの会合かと思いきや、なんと100人超!
市の方々や相鉄の方々をはじめ、連合自治会長さん、大学の先生、企業の方々など、
正に、公×民×学が集まり、縮減時代の新たな都市のあり方を考える連携体としての会議です。
何か話せと言うことだったので、私の方からは、
これからは、いろんな関係がひとつの地域に多層的に重なりあうことが重要
(といってもアレギザンダーも含めて新しい話ではないですが…)ということで、
ある意味似たような郊外である柏の葉(千葉県柏市)と比較しながら、
いずみ野線沿線のお散歩から気づいたことを話しました。
また、横浜国立大学で建築計画(特に住宅や郊外団地等)をご専門とする藤岡先生からは、
戸建ニュータウンでの生い立ちから始まり、お父様がおうちでカフェを始めた話、
そして、「近居」と近しい絆、「住めば都」の可能性についてお話を伺いました。
(2013年6月6日付 神奈川新聞横浜面)
90年代後半と、少し昔になりますが、ドイツの都市計画家であるトーマス・ジーバーツ氏が、
「ツヴァイスンシュタット(間にある都市)」という概念を提唱されました。こちらは、
日本語訳が出ています(トマス・ジーバーツ著、蓑原敬監訳『都市田園計画の展望
「間にある都市」の思想』[学芸出版社、2006年])。
これからの「間にある都市」におけるキーワードとして、
やや抽象的で概念的ですが、
1.多層性(様々な関係性が同時に起こりうる、そしてその関係はオープンエンドである)
2.自律性(自立しつつ、かつ自分で律する)
3.価値の質(量ではなく多元的な質で評価する)
ことが考えうるだろうと思っています。
『明日の田園都市』でE.ハワードは、「都市と農村の結婚」という表現を用いていましたが、
都市のよさと自然を同時に享受できる、間にある都市は、一見、アイデンティティのない
なんでもないところのようですが、いろんな関係性をそこに紡ぐことで、新たな地域像が
生まれる可能性もあります。しかも、それは必ずしも、密度やコミュニティにはよらない、
しかしながら、「つながる」関係を築けるのかもしれません。
また、中心からは同心円状ということは、中心に比べて面積も広いということになる
この「郊外」エリアも、今後様々な関係を構築してゆくと、一様な「郊外」ではくくれなくなる
可能性があります。依然として「中心」との関係性は残り続けるでしょうが、すべての郊外が
一様な中心との関係とはなりえないということです。
しかしながら、高度成長期にあわてて作られた結果、どうしても単一的な(一様な)場所に、
この多層性をどのように持ち込むことができるのか、そこを探っていきたいと思います。
また、空間(不動産、アセット)の評価としても、その単一性の中でのマスマーケットにおける
評価基準が卓越していたこれまでから、多様化するニーズに合わせた、マイクロマーケット
の可能性についても併せて考えたいと思います。
先項で、書籍『現在知』 での郊外に関する論考についてご紹介しました。
中でも面白かったのは、生まれ出ずる小さな活動の可能性、そしてそれが広がって
人を育んだりして、また生まれ出ずる新たな活動の可能性だったように思います。
そして、どうやらその可能性の度合いは、距離や密度には依らない(もしくは単純な減損ではない)
のではないかという仮説です。
現在、私が担当している大学院スタジオ(環境都市デザインスタジオ)でも、
この場所(相鉄いずみ野線沿線)を舞台にして、
これからの郊外生活、空間のあり方を検討しています。
『間にある都市』に、どんなビジョンが描けるか、これから考えてゆきたいと思います。
2013年6月1日土曜日
『現在知 Vol.1 郊外 その危機と再生』
三浦展・藤村龍至編『現在知 Vol.1 郊外 その危機と再生』(2013年 NHKブックス別巻)
を読了しました。
少子高齢化・人口減少時代において、
「郊外のリ・デザイン」における現状と可能性について、様々な方々の
対談や論考を通して述べれらています。
オープニングは、編者でもある三浦展さんと馬場正尊さん、水無田気流さん、速水健朗さん
の対談です。各自の郊外体験、子育ての体験や知見を基にして、都心と郊外の関係から、
郊外のあり方について語られています。
スポーツ施設などの郊外化により都市の楽しみを郊外でも獲得できつつある
「都市化する郊外の可能性」と、しかしながら、結局郊外化(パッケージされた
消費ショッピングモール)仕掛けている都市化した郊外等の議論が興味深いものでした。
そのほか、多摩ニュータウン、ユーカリが丘、団地でのコミュニティ・ビジネス
たまプラーザのコミュニティ・リビング・
都市計画家水谷頴介氏のポートアイランドやシーサイドももちでの実績など、
興味深い実績や事例に関する論考のほか、
社会学者上野千鶴子さんや、経済に詳しい根本祐二さんとの対談など、
興味深い論考が続きます。
なかでも興味深かったのが、
「商店街はなぜ滅びるのか」を出版された新雅史さんの論考と、
戸建住宅地を研究されている九州大学柴田健さんの論考です。
新さんの論考では、
郊外だけでなく、商店街も均一化は免れていなかった点、初期ロードサイドでは、必ずしも都市と郊外の関係性までは変えていなかったが、トイザラスやイケアは、まっさらな「郊外の外部」(何もない場所)に立地し、「都市→郊外」の逆流パタンを産んだ点、実は、都心部の商業も、①規模の巨大化、②ショッピングモール化、③顔の見える関係性を求めており、都心部と大規模商業との本質的差異がなくなりつつある点、一方で、郊外は閉じられてシェルター化している点などが指摘された上で、移動とコミュニケーションが欠落している郊外住宅での、「二重化」(二地域居住化)や、コンビニ(コンビニ化)が語られています。
柴田さんの論考では、
重松清『定年ゴジラ』の架空戸建ニュータウン「くぬぎ台」(横浜には同名の集合団地が実在しますが…)の話をはじめに、「マイホームパパの同質性を保つ=勝ち続けている」戸建ニュータウンは今や、高齢化とパラサイトによる取り残された街へと変化している点などを指摘しつつ、
実際に、中古リノベーションの発展や、住宅地の内側に個人店舗(カフェ)が増加してゆく様子
(珈琲のこだわりが高じたセルフビルドカフェ、陶芸ギャラリーカフェ、積み木専門店、自転車専門店)などと、そこで行われる、①セルフコンバージョンによるこだわり空間、②隠れてつながる、③居心地の良い場所などの可能性、鎌倉湘南による人気カフェエリア街に生まれた、自治会とは異なる新たなネットワーク型コミュニティ、そして、妹さんがそこの暮らしているうちに、カフェに出入りしながら、ネットワークで創造的起業してゆくプロセスが非常に面白いものでした。
現在、大学院のスタジオ(「環境都市デザインスタジオ」)で、横浜の郊外住宅地を対象にスタディを進めていますが、ヨコハマでは、どんな郊外をリ・デザインできるでしょうか。
かつて、トーマス・ジーバーツ氏により「間にある都市」(都市と郊外)という言葉が用いられた、都市でも郊外でもない場所。何もない場所に、何があるでしょうか。
を読了しました。
少子高齢化・人口減少時代において、
「郊外のリ・デザイン」における現状と可能性について、様々な方々の
対談や論考を通して述べれらています。
オープニングは、編者でもある三浦展さんと馬場正尊さん、水無田気流さん、速水健朗さん
の対談です。各自の郊外体験、子育ての体験や知見を基にして、都心と郊外の関係から、
郊外のあり方について語られています。
スポーツ施設などの郊外化により都市の楽しみを郊外でも獲得できつつある
「都市化する郊外の可能性」と、しかしながら、結局郊外化(パッケージされた
消費ショッピングモール)仕掛けている都市化した郊外等の議論が興味深いものでした。
そのほか、多摩ニュータウン、ユーカリが丘、団地でのコミュニティ・ビジネス
たまプラーザのコミュニティ・リビング・
都市計画家水谷頴介氏のポートアイランドやシーサイドももちでの実績など、
興味深い実績や事例に関する論考のほか、
社会学者上野千鶴子さんや、経済に詳しい根本祐二さんとの対談など、
興味深い論考が続きます。
なかでも興味深かったのが、
「商店街はなぜ滅びるのか」を出版された新雅史さんの論考と、
戸建住宅地を研究されている九州大学柴田健さんの論考です。
新さんの論考では、
郊外だけでなく、商店街も均一化は免れていなかった点、初期ロードサイドでは、必ずしも都市と郊外の関係性までは変えていなかったが、トイザラスやイケアは、まっさらな「郊外の外部」(何もない場所)に立地し、「都市→郊外」の逆流パタンを産んだ点、実は、都心部の商業も、①規模の巨大化、②ショッピングモール化、③顔の見える関係性を求めており、都心部と大規模商業との本質的差異がなくなりつつある点、一方で、郊外は閉じられてシェルター化している点などが指摘された上で、移動とコミュニケーションが欠落している郊外住宅での、「二重化」(二地域居住化)や、コンビニ(コンビニ化)が語られています。
柴田さんの論考では、
重松清『定年ゴジラ』の架空戸建ニュータウン「くぬぎ台」(横浜には同名の集合団地が実在しますが…)の話をはじめに、「マイホームパパの同質性を保つ=勝ち続けている」戸建ニュータウンは今や、高齢化とパラサイトによる取り残された街へと変化している点などを指摘しつつ、
実際に、中古リノベーションの発展や、住宅地の内側に個人店舗(カフェ)が増加してゆく様子
(珈琲のこだわりが高じたセルフビルドカフェ、陶芸ギャラリーカフェ、積み木専門店、自転車専門店)などと、そこで行われる、①セルフコンバージョンによるこだわり空間、②隠れてつながる、③居心地の良い場所などの可能性、鎌倉湘南による人気カフェエリア街に生まれた、自治会とは異なる新たなネットワーク型コミュニティ、そして、妹さんがそこの暮らしているうちに、カフェに出入りしながら、ネットワークで創造的起業してゆくプロセスが非常に面白いものでした。
現在、大学院のスタジオ(「環境都市デザインスタジオ」)で、横浜の郊外住宅地を対象にスタディを進めていますが、ヨコハマでは、どんな郊外をリ・デザインできるでしょうか。
かつて、トーマス・ジーバーツ氏により「間にある都市」(都市と郊外)という言葉が用いられた、都市でも郊外でもない場所。何もない場所に、何があるでしょうか。
2013年5月22日水曜日
Project List 2013
今年度予定のUrban Design Project Listです(全てではない)。
※「大田クリエイティブタウン研究会」(東京都大田区)【2009~】
首都大学東京・東京大学・横浜国立大学・大田観光協会を中心にして、
「モノづくりのまちづくり」に関するプロジェクト活動を進めています。
超高度なモノづくり技術を内包しながらも経済状況により将来像の見えない中、
都市の「価値」をクリエイトする新たなまちのあり方を考えています。
昨年度は、「第2回おおたオープンファクトリー」を実践しました。
http://www.comp.tmu.ac.jp/ssm/mono/openfactory.html
今年度は、第三回おおたオープンファクトリー開催に加えて、
町工場跡を地域のための交流空間に改修する
「くりらぼ(クリエイティブタウンラボ)多摩川」という取組みも開始します。
そのほか、「工場町家」の調査、その他いろんな調査を予定しています。
また、大田区の景観計画策定についても、検討をしています。
※「地域マネジメント計画づくり&実践」(岐阜県高山市)【2008~】
毎年、少しずつテーマや場所は異なりますが、いろんなお手伝いをしています。
H22年度は、荘川町一色惣則地区(荘川式の合掌造りや豊かな水のある農村集落)
H23-24年度は、上宝町長倉地区(「天空の城」ともいうべき斜面にはりつく農村集落)を舞台に、
持続的な地域のあり方を考える、地域マネジメント計画を、地域の方々と考え、昨年度は、
その中でも、地域の方々に人気のあった「うちあかり」という取組の実践に向けて動きました。
今年度は、新たに、数㎞に伸びる集落(丹生川町北方法力)の計画づくりを進める予定です。
※「アーバンデザインセンター松山づくり」(愛媛県松山市)【2011?~】
「あるいて暮らせるまちづくり」を標榜して、コンパクトな都市像を打ち立てる松山市の
まちづくり戦略をお手伝いしています。
昨年は、通りの再生(花園町通り)、モビリティセンターに向けての検討を行いました。
今年度は、松山にアーバンデザインセンターを設けるために検討します。
※「IN BETWEEN PROJECT」(横浜市保土ヶ谷区)【2013~】
横浜国立大学のおひざ元、保土ヶ谷区は、都市でもない郊外でもない、「間にある都市」。
しかし、そんな保土ヶ谷ならでは魅力はここそこに眠っています。
中長期的には、保土ヶ谷区のビジョン策定を見据えつつ、今年度は、旧東海道のにぎわい
づくりを検討します。地域実践教育研究センターとともに進めるプロジェクトです。
また、Y-GSA(藤原スタジオ)、持続型集住論(くぬぎ台団地)などとも連携します。
※岩手県九戸郡洋野町(旧大野村)【2003~】
「芝棟」と呼ばれる草の生えた棟をもつ茅葺民家が70棟近く残る中山間地域です。
2003年から、地域づくり活動のお手伝いをしています。
昨年度は、本学の建築史建築芸術研究室とともに、
壊れてなくなってしまいそうな茅葺を修復するための技術を取り戻すための講習会を実施。
今年度はまだ未定です。。。
※福島県喜多方市【2005~】
磐梯山の奥、飯豊連峰に囲まれた会津盆地にある蔵とラーメンで著名なまち。
こちらも2005年からいろんなまちづくり活動のお手伝いをしてきました。
今年度は、ふれあい通りのファサード整備のお手伝いとくらにわ再編?
「みち」と「まち」の関係について考えてゆきます。
そのほか、岩手県大槌町や宮城県石巻市でも地域支援活動・研究をしています。
また、研究ベースでは、「創造都市研究」「オープンシティ研究」「郊外まちづくり研究」など、
いろいろありますが、それはまた、別の機会に。
※「大田クリエイティブタウン研究会」(東京都大田区)【2009~】
首都大学東京・東京大学・横浜国立大学・大田観光協会を中心にして、
「モノづくりのまちづくり」に関するプロジェクト活動を進めています。
超高度なモノづくり技術を内包しながらも経済状況により将来像の見えない中、
都市の「価値」をクリエイトする新たなまちのあり方を考えています。
昨年度は、「第2回おおたオープンファクトリー」を実践しました。
http://www.comp.tmu.ac.jp/ssm/mono/openfactory.html
今年度は、第三回おおたオープンファクトリー開催に加えて、
町工場跡を地域のための交流空間に改修する
「くりらぼ(クリエイティブタウンラボ)多摩川」という取組みも開始します。
そのほか、「工場町家」の調査、その他いろんな調査を予定しています。
また、大田区の景観計画策定についても、検討をしています。
※「地域マネジメント計画づくり&実践」(岐阜県高山市)【2008~】
毎年、少しずつテーマや場所は異なりますが、いろんなお手伝いをしています。
H22年度は、荘川町一色惣則地区(荘川式の合掌造りや豊かな水のある農村集落)
H23-24年度は、上宝町長倉地区(「天空の城」ともいうべき斜面にはりつく農村集落)を舞台に、
持続的な地域のあり方を考える、地域マネジメント計画を、地域の方々と考え、昨年度は、
その中でも、地域の方々に人気のあった「うちあかり」という取組の実践に向けて動きました。
今年度は、新たに、数㎞に伸びる集落(丹生川町北方法力)の計画づくりを進める予定です。
※「アーバンデザインセンター松山づくり」(愛媛県松山市)【2011?~】
「あるいて暮らせるまちづくり」を標榜して、コンパクトな都市像を打ち立てる松山市の
まちづくり戦略をお手伝いしています。
昨年は、通りの再生(花園町通り)、モビリティセンターに向けての検討を行いました。
今年度は、松山にアーバンデザインセンターを設けるために検討します。
※「IN BETWEEN PROJECT」(横浜市保土ヶ谷区)【2013~】
横浜国立大学のおひざ元、保土ヶ谷区は、都市でもない郊外でもない、「間にある都市」。
しかし、そんな保土ヶ谷ならでは魅力はここそこに眠っています。
中長期的には、保土ヶ谷区のビジョン策定を見据えつつ、今年度は、旧東海道のにぎわい
づくりを検討します。地域実践教育研究センターとともに進めるプロジェクトです。
また、Y-GSA(藤原スタジオ)、持続型集住論(くぬぎ台団地)などとも連携します。
※岩手県九戸郡洋野町(旧大野村)【2003~】
「芝棟」と呼ばれる草の生えた棟をもつ茅葺民家が70棟近く残る中山間地域です。
2003年から、地域づくり活動のお手伝いをしています。
昨年度は、本学の建築史建築芸術研究室とともに、
壊れてなくなってしまいそうな茅葺を修復するための技術を取り戻すための講習会を実施。
今年度はまだ未定です。。。
※福島県喜多方市【2005~】
磐梯山の奥、飯豊連峰に囲まれた会津盆地にある蔵とラーメンで著名なまち。
こちらも2005年からいろんなまちづくり活動のお手伝いをしてきました。
今年度は、ふれあい通りのファサード整備のお手伝いとくらにわ再編?
「みち」と「まち」の関係について考えてゆきます。
そのほか、岩手県大槌町や宮城県石巻市でも地域支援活動・研究をしています。
また、研究ベースでは、「創造都市研究」「オープンシティ研究」「郊外まちづくり研究」など、
いろいろありますが、それはまた、別の機会に。
2013年5月9日木曜日
まちあるきレポート#01 -阿佐ヶ谷住宅-
今回は、まちあるきレポート第一弾です。
ゴールデンウィークに研究室学部4年生と阿佐ヶ谷住宅付近を散策しました。
阿佐ヶ谷住宅は、日本住宅公団(現都市再生機構:UR)が杉並区に建設した、
350戸の集合住宅です。1958年竣工なので、50年強が経過しています。
3~4層のRCの集合住宅が118戸と、2層のテラスハウスが232戸が、
4つの街区にバランスよく配置されています。
昭和30年代前半の公団住宅の特徴の一つでもあるテラスハウスは、
陸屋根タイプと傾斜屋根タイプの2種があり、設計は、
当時、日本に新しい集合住宅を供給するための情熱がほとばしる、
発足したばかりの日本住宅公団の設計課が行った部分と、
日本の近代建築の巨匠である、前川國男建築設計事務所が担当した(大高正人担当)
コンクリートブロックの傾斜屋根型テラスハウスの174戸とが共存しています。
交通的にも通過交通が入らないように、補助幹線的道路からループ状に引き込まれ、
その骨格となるループ街路(区道)からアクセスするようにされています。
これ以外にはパスとなるような細い街路からしかアクセスできないため、
市街地の中に溶け込み、ランドマークとなる給水塔をめがけて歩きつつ、
まちから突如あらわれる美しい風景に驚くことになります。
といっても、建設される前は、成宗田圃と呼ばれる、善福寺川沿いの田園なので、
市街地があとで取り囲んだといった方がいいかもしれません。
団地と言えば、密度と効率を求めて、南面に平行配置された均一の風景を思い浮かべますが、
この団地では、カーブする街路に沿ってタウンスケープを意識した建物配置がなされています。
こうした街路を含めた全体のデザインは、公団設計課のスタッフであった、津端修一さんの
設計です。津端さんは丹下研に学び、A.レーモンド事務所で修行して、公団に勤めており、
当時の公団の新進気鋭さが浮かび上がります。建築と都市をつなぐデザインを手掛ける
デザイナーが内部にいたわけです。
また、阿佐ヶ谷住宅の魅力の一つは、その豊かな「緑」にあります。
現在は、かなり剪定・伐採された姿であると思いますが、団地建設ともに植えられた木々
達が50年を経て本当に豊かな姿に成長していました。
こうした阿佐ヶ谷住宅は、「分譲」であったことも特徴であり、
多くの権利者によって所有されています。
そんな阿佐ヶ谷住宅も、老朽化が激しく、新たな姿に替わろうとしています。
第一種低層住居専用地域に新たな地区計画が設定され、
新たな姿が生まれようとしています。
新進気鋭の、まちをつくる情熱、空気が受け継がれることを期待したいものです。
ちなみに、上記のテラスハウスは、公団の標準設計として設計されたこともあり、
阿佐ヶ谷住宅のほかにも、いくつかの住宅で標準設計を基にテラスハウスが
供給されたようですが、烏山団地も、そのうちの一つと言われます。
しかしながら、こちらも多くが解体されていました。
そして、阿佐ヶ谷団地に隣接する善福寺川沿いがまたサイコー。
ずーっと川沿いに和多堀公園まで緑の帯が続いてゆきます。
こんな川沿いが横浜にもできるといいな…と思います。
そして、ステキな洋館付住宅もありました。
ゴールデンウィークに研究室学部4年生と阿佐ヶ谷住宅付近を散策しました。
阿佐ヶ谷住宅は、日本住宅公団(現都市再生機構:UR)が杉並区に建設した、
350戸の集合住宅です。1958年竣工なので、50年強が経過しています。
3~4層のRCの集合住宅が118戸と、2層のテラスハウスが232戸が、
4つの街区にバランスよく配置されています。
昭和30年代前半の公団住宅の特徴の一つでもあるテラスハウスは、
陸屋根タイプと傾斜屋根タイプの2種があり、設計は、
当時、日本に新しい集合住宅を供給するための情熱がほとばしる、
発足したばかりの日本住宅公団の設計課が行った部分と、
日本の近代建築の巨匠である、前川國男建築設計事務所が担当した(大高正人担当)
コンクリートブロックの傾斜屋根型テラスハウスの174戸とが共存しています。
交通的にも通過交通が入らないように、補助幹線的道路からループ状に引き込まれ、
その骨格となるループ街路(区道)からアクセスするようにされています。
これ以外にはパスとなるような細い街路からしかアクセスできないため、
市街地の中に溶け込み、ランドマークとなる給水塔をめがけて歩きつつ、
まちから突如あらわれる美しい風景に驚くことになります。
といっても、建設される前は、成宗田圃と呼ばれる、善福寺川沿いの田園なので、
市街地があとで取り囲んだといった方がいいかもしれません。
団地と言えば、密度と効率を求めて、南面に平行配置された均一の風景を思い浮かべますが、
この団地では、カーブする街路に沿ってタウンスケープを意識した建物配置がなされています。
こうした街路を含めた全体のデザインは、公団設計課のスタッフであった、津端修一さんの
設計です。津端さんは丹下研に学び、A.レーモンド事務所で修行して、公団に勤めており、
当時の公団の新進気鋭さが浮かび上がります。建築と都市をつなぐデザインを手掛ける
デザイナーが内部にいたわけです。
また、阿佐ヶ谷住宅の魅力の一つは、その豊かな「緑」にあります。
現在は、かなり剪定・伐採された姿であると思いますが、団地建設ともに植えられた木々
達が50年を経て本当に豊かな姿に成長していました。
こうした阿佐ヶ谷住宅は、「分譲」であったことも特徴であり、
多くの権利者によって所有されています。
そんな阿佐ヶ谷住宅も、老朽化が激しく、新たな姿に替わろうとしています。
第一種低層住居専用地域に新たな地区計画が設定され、
新たな姿が生まれようとしています。
新進気鋭の、まちをつくる情熱、空気が受け継がれることを期待したいものです。
ちなみに、上記のテラスハウスは、公団の標準設計として設計されたこともあり、
阿佐ヶ谷住宅のほかにも、いくつかの住宅で標準設計を基にテラスハウスが
供給されたようですが、烏山団地も、そのうちの一つと言われます。
しかしながら、こちらも多くが解体されていました。
そして、阿佐ヶ谷団地に隣接する善福寺川沿いがまたサイコー。
ずーっと川沿いに和多堀公園まで緑の帯が続いてゆきます。
こんな川沿いが横浜にもできるといいな…と思います。
そして、ステキな洋館付住宅もありました。
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