しばらく、ブログ更新をさぼっておりました。
さて、今年度第一回目の更新は、先ほど読了した書籍です。
木下斉・広瀬郁『まちづくり:デットライン 生きる場所を守り抜くための教科書』
(2013年、日経BP者)
山崎亮さんに続く(?)、学生さんからの指示の厚いコミュニティデザイナー(??)であり、
AIA(一般社団法人エリアイノベーションアライアンス)代表理事でもある、
木下斉(ひとし)さんの共著書であるこの本は、まちづくりを考える上での考え方が、
一般の誰でもわかるように非常にわかりやすく、かつ、整理されて示されています。
一つ一つの内容は、全てが革新的な新たなものというわけではないですが、
まちが現在の状態にある原因と結果をきちんと読み取り、一つ一つどのように
進めてゆくべきか、丁寧に整理されており、かつ、重要な本質も述べられています。
まちなかのシャッター通りは本当に衰退しているか?
郊外やネットにまちなかは負けているのか?(何が違うのか?)
なぜチェーン店ばかりなのかなど、わかりやすく解説しています。
現状のまちの課題を「点」としてとらえるだけでなく、時間的経過を連続的にとらえつつ、
その変曲点で大きく方向性が変わってきていること、
この変化に追い付けずに以前の体制からシフトチェンジできていないこと、
そのために、以前のよかれが、現在の障壁になっていることも
あることなども示されていると同時に、それらを活力あるものにするために、
経営的視点から事業体として考えてみることも示されています。
一方で、あとがきには、まち(まちづくり事業)の本質として、
「その場所から移動できないこと」も示されています。
失敗したら、他の場所に行けばよいチェーン展開にはないこの経営的特徴をどう活かすか。
だからこそ、きめ細やかな地域資源へのまなざしと愛着がカギになるとも言えます。
そして、どの成功事例にも、小さな事務所やコンサル、諸々の世界の専門家が、
「小さな大活躍」をしていることがわかります。
彼らが、正に地域の「コミュニティデザイナー」だと言えますが、彼らがそうだとすれば、
それは、あくまで結果であり、そのプロセスは、一様ではないかもしれません。
つまり、いきなり明日からコミュニティデザイナーになる道があるというよりも、
その情熱と資源へのまなざしと技術獲得を様々な形でし続けてきた結果なのかもしれません。
自分の力に合わせて、時には道を変えながら、どのルートで登るか考える、登山家のように。
険しい山は、各所にたくさんあるので(笑)、登り放題、登り甲斐がありますね。
皆さんは、どのルートから、この山を登りますか?
2013年4月14日日曜日
2013年2月24日日曜日
「染の小道」
去る2月22日から24日(本日)まで、西武新宿線中井駅周辺で、
『染の小道』というイベントが開催されました(私は、23日に立ち寄りました)。
かつての中井駅周辺は、江戸郊外の「落合蛍」も飛び交うきれいな水の流れる行楽地。
江戸の染物産業も集積していたのかもしれません。
少なくとも、戦後には、妙正寺川・神田川周辺には、染物工場が集積しており、
妙正寺川で染物の作業が行われていたようです。
その後、環境や社会の変化に伴い、工場は減少していきましたが、
現在でも染物をされている若い方々が残っており、活動を続けていたようです。
(新宿区染色協議会)
しかしながら、これまで、周辺の商店街やまちとはつながっていなかった。
そんな中で、5年前(拡大されたのは3年前?)から、行われているイベントなのだそうです。
訪れると何よりもまず目につく見どころは、「川のギャラリー」。
妙正寺川の上に連なる染物の帯が川面に映り、人々の心もつながります。
そして、中井駅周辺の各商店の軒先に展示されている暖簾や染物の展示。
各店舗の方々と話をしながらつくられた、デザイナーさんや染物の職人
(およびこれを目指す学生さんなど)による染物がまちじゅうにはためきます。
道案内には、和服の学生スタッフさんは、さらに彩りを添えています。
歩いていると、横笛で奏でる「コンドルは飛んでゆく」が流れてきて、
また布のはためきにマッチしていました。
そして、地域の巻き込み方がすごい。中井の多くの商店のほか(全部で87枚ののれん)、
近くには、染物をはじめとするデザインも専攻する文化学園大学などもあり、
スタッフとして参加しているほか、目白大学などの周辺大学、
そして、自らギャラリーを有する寺社なども開放協力を行っており、
正に、まちじゅうが染まっているのでした。
そしてそして、何より、このはためいている染物につられて、
今まで気づかなかった視点を獲得するのが魅力なのです。
何とも思っていなかった妙正寺川の水面に気づき、道と駅と川の位置関係に気づき、
川沿いにあった魅力的な民家に気づき、川に向けての小さなスペースやカフェに気づき、
今まで気にもしなかった隠れ家的なお店にきづき、路地の行き止まりにあったギャラリー
に気づく。。。新鮮なまちへの気づきを感じます。
まち、人、生業(なりわい)、産業、商い、風景が統合的につながる
とてもステキなイベントでした。
かつて、自分もこの地区の景観まちづくり、景観調査に携わったことがあり、
その際には、まちを隈なく歩いていたつもりでしたが、
今まで気づかずに今回初めて知ったことがたくあんあるし、
こういう方法は思い浮かばなかったなぁ、「あっぱれ!」、
というステキなイベントでした。
関係者の皆様、お疲れ様でした。
『染の小道』というイベントが開催されました(私は、23日に立ち寄りました)。
かつての中井駅周辺は、江戸郊外の「落合蛍」も飛び交うきれいな水の流れる行楽地。
江戸の染物産業も集積していたのかもしれません。
少なくとも、戦後には、妙正寺川・神田川周辺には、染物工場が集積しており、
妙正寺川で染物の作業が行われていたようです。
その後、環境や社会の変化に伴い、工場は減少していきましたが、
現在でも染物をされている若い方々が残っており、活動を続けていたようです。
(新宿区染色協議会)
しかしながら、これまで、周辺の商店街やまちとはつながっていなかった。
そんな中で、5年前(拡大されたのは3年前?)から、行われているイベントなのだそうです。
訪れると何よりもまず目につく見どころは、「川のギャラリー」。
妙正寺川の上に連なる染物の帯が川面に映り、人々の心もつながります。
そして、中井駅周辺の各商店の軒先に展示されている暖簾や染物の展示。
各店舗の方々と話をしながらつくられた、デザイナーさんや染物の職人
(およびこれを目指す学生さんなど)による染物がまちじゅうにはためきます。
道案内には、和服の学生スタッフさんは、さらに彩りを添えています。
歩いていると、横笛で奏でる「コンドルは飛んでゆく」が流れてきて、
また布のはためきにマッチしていました。
そして、地域の巻き込み方がすごい。中井の多くの商店のほか(全部で87枚ののれん)、
近くには、染物をはじめとするデザインも専攻する文化学園大学などもあり、
スタッフとして参加しているほか、目白大学などの周辺大学、
そして、自らギャラリーを有する寺社なども開放協力を行っており、
正に、まちじゅうが染まっているのでした。
そしてそして、何より、このはためいている染物につられて、
今まで気づかなかった視点を獲得するのが魅力なのです。
何とも思っていなかった妙正寺川の水面に気づき、道と駅と川の位置関係に気づき、
川沿いにあった魅力的な民家に気づき、川に向けての小さなスペースやカフェに気づき、
今まで気にもしなかった隠れ家的なお店にきづき、路地の行き止まりにあったギャラリー
に気づく。。。新鮮なまちへの気づきを感じます。
まち、人、生業(なりわい)、産業、商い、風景が統合的につながる
とてもステキなイベントでした。
かつて、自分もこの地区の景観まちづくり、景観調査に携わったことがあり、
その際には、まちを隈なく歩いていたつもりでしたが、
今まで気づかずに今回初めて知ったことがたくあんあるし、
こういう方法は思い浮かばなかったなぁ、「あっぱれ!」、
というステキなイベントでした。
関係者の皆様、お疲れ様でした。
2013年2月21日木曜日
港北オープンファクトリー!
去る、2月16日(土)、横浜市港北区で、
「港北オープンファクトリー」というイベントが開催されました。
「オープンファクトリー」と言えば、そう、大田区での「おおたオープンファクトリー」
を開催しましたが(主催者側でしたが)、第一回のおおたオープンファクトリーに
御参加頂いた、港北区の方が、これはいいイベントだということで、
港北区でも実施しようということになりました。
実際にこのイベントやるのは、大変なのですが、港北区では、
港北区区政推進課さんと、これを支えるコンサルさんの連携で進められています。
港北オープンファクトリー(以下、港北OF)は、5工場+お寺が見学ラインナップ。
お寺がセットなところが、港北区の重層性を感じさせます。
原則、オール事前予約制でしたので、突然、自由に来場できるわけではありませんでしたが、
見学工場の一つ、日本軸受加工さんの二階が「交流スペース」として開放されていました。
交流スペースでは、スタッフさんやこどもたちの談笑が聞こえてきます。
そして、ネオ屋台も(どこかで見たことがあるが…)。
以下、見学した工場です。
(1)ニッパ
(1)ニッパ
段ボールを始めとしたパッケージ包装を企画から配送まで一貫して行うニッパでは、
スチロールに変わる、簡易にできる段ボールの包装支え材づくりを体験。
5秒で作れたら、景品がもらえる?!
一階には外からも見える企画設計スペースがあり、
お茶を飲みながら打ち合わせして、その場で加工試作しつつ会議をする…みたいな空間で、
かつ、一般にもカフェとして開放されています。
(2)アムコン
アムコンさんは、スクリューを利用した、エコな汚泥脱水機メーカー。
通常の汚泥脱水は、膜とか遠心分離とかするわけですが、エネルギーや目詰まり問題があるなか、
重力と圧力だけで脱水してしまう、正に工夫の逸品。
次世代の環境管理に大きな可能性を感じさせます。
(でも、横浜市の下水処理場では使われてないらしい…)。
(3)新横浜テクノヒルズ住宅地の奥の丘の上に、小さな工業団地があります。
そこが、港北OFの集積拠点です。
東京ダイスさんは、
漏れの少ない、精度の高いノズルを始めとした、硬材等の細かな加工を行っています。
微細放電で、「髪の毛レベル」の穴をあけ、穴の中を磨く。
日本軸受加工さんは、
ベアリングの追加工を中心とした、手作り感あふれる工場でした。
そして、おおたで大反響の「モノづくりたまご」がここでも手に入る!
港北の工場で作られた製品が、ガチャガチャの中に入れられ、
300円でドキドキしながら、ダイヤルを回す。
みんなのおめあては、「パズル」でしたが、
それ以外にベアリングやお菓子の入ったハット、UFO など、それぞれ。
しかし、何よりも、港北OFで感じたのは、おおたともまた異なる地域の背景です。
尾根のふもと(河岸段丘?)を通る、おそらく新羽あたりの街道筋にあたる道には、
奥に丘の緑の帯や、竹やぶが連続して続いており、
手前には、豊かな農地や、昔ながらの立派な農家の家、そしてその奥には蔵が見え、
そして、その先々では子供たちの声もするような住宅地、
そんな爽やかなまちでのオープンファクトリーは、大田とは少し状況は違いますが、
蔵、緑、街道やカフェなどとの連携も考えると、違った可能性を感じました。
2013年2月19日火曜日
きゃりーぱみゅぱみゅと美ら地球(ぼし)のCOOL JAPAN
さて、突然謎のタイトルです。
従来型の観光が立ち行かなくなりつつある近年、「観光」を考える上で、
いくつかの論点があります。
例えば、住んでよし、訪れてよしの町を目指す、つまり、暮らしが魅力的であれば
おのずと人も訪れるという発想(そのキーワードとしての「着地型観光」「観光まちづくり」)、
一方で、「インバウンド」(海外からの旅行者)を高める必要性と日本の発信の中での
キーワードの一つである「COOL JAPAN」、この言葉は、創造都市論の中でも
用いられます。
つい先日、TBS『情熱大陸』できゃりーぱみゅぱみゅさんの特集をやっていました。
2年もしないうちに、世界各国で大人気のようでした。
ベルギー市民に人気のライブハウスで、普通にライブをして、受け入れられている
その様子は、正にCOOL JAPANの一つかもしれません。
彼女とそれを支えるライブやパフォーマンス全体が、やはり、欧米では生まれえない
日本的な空気をもっており、その日本的なライブのしきたりに忠実に西欧のお客さん
が乗っている姿に、一人で世界を動かす力をも感じました。
しかし、きっと、これが音楽やファッションとしてマーケットに固定化されてゆく瞬間に
陳腐化されてゆくのだろう、つまり、彼女本人が常にクリエイティブであることそのものが
COOLなのであって、その結果生まれた製品は、あくまで二次商品なのだなということです。
そして、正反対のように見える、日本の農村での観光の一つ、
飛騨市古川町にある小さな旅行会社「美ら未来」主催のツーリズム。
元々外資系コンサルに勤めていた代表の山田拓さんを中心に、
飛騨里山をサイクリングで周りながら、地域資源メンテナンスを行う
ボランティア・ツーリズムが、しかも、外国人なども引き入れて行われているようです。
この活動をしながら、山田さんらは、周辺地区の古い民家をすべて訪れ、
掃除したり民家を磨いたりしながら、用水を聞いたり、空き家を見たりという
地道な活動をしながら情報ストックを得つつ、しかも磨いてきれいになるという、
本来日本の里山が持つ非常に高い価値・魅力を引き出すことで、
外国人観光客にも非常に高い評価を得る、逆タイプのCOOL JAPANではないかと
思います。
そして、この両者に共通しているものとしてのヒューマンキャピタル(人的資源)。
本質的にある価値(独自性と地域資源)、そしてこれを発現させる「人」のマッチング
が価値創出には重要な気がします。
全国各地で観光振興は競争的に展開されていますが、どこも、
客観的に地域を(しかしながら、地域に入り込んでじっくりと)見つめ、動く、
目利きができて、戦略的で臨機応変、行動的な人材は、案外少なく、こうした
人(もしくは組織・仕組み)を支援する仕組みが必要ではないかと思われます。
従来型の観光が立ち行かなくなりつつある近年、「観光」を考える上で、
いくつかの論点があります。
例えば、住んでよし、訪れてよしの町を目指す、つまり、暮らしが魅力的であれば
おのずと人も訪れるという発想(そのキーワードとしての「着地型観光」「観光まちづくり」)、
一方で、「インバウンド」(海外からの旅行者)を高める必要性と日本の発信の中での
キーワードの一つである「COOL JAPAN」、この言葉は、創造都市論の中でも
用いられます。
つい先日、TBS『情熱大陸』できゃりーぱみゅぱみゅさんの特集をやっていました。
2年もしないうちに、世界各国で大人気のようでした。
ベルギー市民に人気のライブハウスで、普通にライブをして、受け入れられている
その様子は、正にCOOL JAPANの一つかもしれません。
彼女とそれを支えるライブやパフォーマンス全体が、やはり、欧米では生まれえない
日本的な空気をもっており、その日本的なライブのしきたりに忠実に西欧のお客さん
が乗っている姿に、一人で世界を動かす力をも感じました。
しかし、きっと、これが音楽やファッションとしてマーケットに固定化されてゆく瞬間に
陳腐化されてゆくのだろう、つまり、彼女本人が常にクリエイティブであることそのものが
COOLなのであって、その結果生まれた製品は、あくまで二次商品なのだなということです。
そして、正反対のように見える、日本の農村での観光の一つ、
飛騨市古川町にある小さな旅行会社「美ら未来」主催のツーリズム。
元々外資系コンサルに勤めていた代表の山田拓さんを中心に、
飛騨里山をサイクリングで周りながら、地域資源メンテナンスを行う
ボランティア・ツーリズムが、しかも、外国人なども引き入れて行われているようです。
この活動をしながら、山田さんらは、周辺地区の古い民家をすべて訪れ、
掃除したり民家を磨いたりしながら、用水を聞いたり、空き家を見たりという
地道な活動をしながら情報ストックを得つつ、しかも磨いてきれいになるという、
本来日本の里山が持つ非常に高い価値・魅力を引き出すことで、
外国人観光客にも非常に高い評価を得る、逆タイプのCOOL JAPANではないかと
思います。
そして、この両者に共通しているものとしてのヒューマンキャピタル(人的資源)。
本質的にある価値(独自性と地域資源)、そしてこれを発現させる「人」のマッチング
が価値創出には重要な気がします。
全国各地で観光振興は競争的に展開されていますが、どこも、
客観的に地域を(しかしながら、地域に入り込んでじっくりと)見つめ、動く、
目利きができて、戦略的で臨機応変、行動的な人材は、案外少なく、こうした
人(もしくは組織・仕組み)を支援する仕組みが必要ではないかと思われます。
2013年1月17日木曜日
UDCKディレクター募集!
2006年11月に設立されて、早6年、
TX(つくばエキスプレス線)、柏の葉キャンパス駅前に位置する、
「UDCK(アーバンデザインセンター柏の葉)」は、
駅を中心とした新たな市街地開発を担う三井不動産と、
地元大学である東京大学(新領域創成科学研究科)と千葉大学、
行政である千葉県と柏市、その他地域団体等が連携しながら、
公×民×学の連携による豊かな地域づくりを推進する団体です。
都市の諸問題、あるいは豊かな都市をつくるための方法論、
あるいは、担い手づくりは、これまで、
行政(例えば、横浜市都市デザイン室のような)、
地域(まちづくり協議会やまちづくりセンターのような)、
民間(都市ブランディングのような)、
大学・専門家(まちなか研究室のような)
などが進めてきましたが、これらの力のお互いのよいところを緩やかに
補い合い、しかも、市民が気軽にアクセスする「場所(拠点)」を設けようとする、
アーバンデザインセンター運動の先端事例でもあります。
(1)地域の問題を様々な力を融合してWIN-WINに解決する:機能論
(2)それぞれの役割、特に専門家(弱い専門家と呼ばれる広いマネジメント技術者も含む)が
流動的に活躍する場をつくる:職能論
(3)誰でも気軽にアクセスする場(空間=Place)を創出する:拠点論
の総合的な実験場でもあります。
で、そのUDCKの運営を中心的担うディレクターを募集しています。
(2013/1/25まで)
詳しくは、HPを参照してください。
http://www.udck.jp/event/002131.html
TX(つくばエキスプレス線)、柏の葉キャンパス駅前に位置する、
「UDCK(アーバンデザインセンター柏の葉)」は、
駅を中心とした新たな市街地開発を担う三井不動産と、
地元大学である東京大学(新領域創成科学研究科)と千葉大学、
行政である千葉県と柏市、その他地域団体等が連携しながら、
公×民×学の連携による豊かな地域づくりを推進する団体です。
都市の諸問題、あるいは豊かな都市をつくるための方法論、
あるいは、担い手づくりは、これまで、
行政(例えば、横浜市都市デザイン室のような)、
地域(まちづくり協議会やまちづくりセンターのような)、
民間(都市ブランディングのような)、
大学・専門家(まちなか研究室のような)
などが進めてきましたが、これらの力のお互いのよいところを緩やかに
補い合い、しかも、市民が気軽にアクセスする「場所(拠点)」を設けようとする、
アーバンデザインセンター運動の先端事例でもあります。
(1)地域の問題を様々な力を融合してWIN-WINに解決する:機能論
(2)それぞれの役割、特に専門家(弱い専門家と呼ばれる広いマネジメント技術者も含む)が
流動的に活躍する場をつくる:職能論
(3)誰でも気軽にアクセスする場(空間=Place)を創出する:拠点論
の総合的な実験場でもあります。
で、そのUDCKの運営を中心的担うディレクターを募集しています。
(2013/1/25まで)
詳しくは、HPを参照してください。
http://www.udck.jp/event/002131.html
2013年1月14日月曜日
第一回『対話』(2012年12月)備忘録
去る、2012月12月12日(水)に、YCC(ヨコハマ創造都市センター)で行われた、
YCCスクール事業、第一回『対話 ~都市イノベーションを廻る思考』は、
横浜国立大学都市イノベーション研究院の二人の先生
藤原徹平先生(建築家)と榑沼範久先生(芸術・哲学)のお二人による
「今、都市は文化を生み出すのか」をテーマにしたものでした。
大変面白い話でしたので、その備忘録をお送りします。
なお、基本的に、その時の言葉をそのまま載せ、解説はあまりしませんので、
断片で各自いろいろお考えください。
以下、備忘録
*****************************
「そもそも、クリエイティビティが求められていること自体が、何かの課題を示している。」
『イノベートは最後の手段、
イノベーションの名のもとに、
どんなひどいことでもなされている』(チャールズイームズ)
「(イームズによれば)、デザインとは、『ギフト』である。
デザインする相手が必ずいる、
この人に座ってほしいと思うことからデザインが生まれる。」
「オタクは内向的世界から生まれている。
原宿(秋葉原)がサブカルをつくったとはいってほしくない。
都市がサブカルを誘導したりはしていない。都市と文化は関係ない。」
「都市は国家や社会より長く、巨大である。」
「21世紀は都市の時代なのか?
ずっと都市はテーマなのだから、常に都市の時代なのではないのか?」
「きわめて活動的な多数の人々の群れの中で、
生活の便宜を何一つ欠くことなく、しかも最も遠い荒野にいるのと同様な
孤独な隠れた生活を送ることができたのである」
(デカルト『方法序説』より)
→アプルトンの「見られずに見る」(=眺望)のごとく、都市の原点を感じました。
「ジョンラスキンの『建築の七灯』や世界遺産憲章による都市は、
一歩間違うと、人間活動をDocument的に保存してしまう。
人間活動そのものがDocument化され、読み物として優れた時には保存されるが、
それは止まった都市である。
エディンバラは、ドラゴンクエストのように、一回目は面白いが、二回目、三回目はつまらない。」
「坂口安吾的論理では、『日本文化史観』(社会学的史観)の通り、
『今、こういうことがおきている=素晴らしい』(例えば、東京拘置所などの高評価)
しかし、素晴らしいと思うものは、「必要性あるもの」であり、やむにやまれぬものしか認めない。
文学のふるさと。突き放されたところからしか生まれない必要性。」
「別府で感じられた、中心市街地が荒廃していても、住んでいる人は困っておらず、
みな郊外に住んでいる。
Shortcake House に住み、ショッピングモールで買い物して、ファミレスでご飯を食べる、
これがとても幸せである状況でまちづくりを進めることのお仕着せ感。」
「とんでもない(ダメな)マンションをよくすることには興味がなく、
次に何を「足す」かに興味がある。」
「今の経済社会は、無理に都市にクリエイティビティを求めており、
手段を結果にしてしてしまっている。」
「サヴァンナと動物園、日本の動物園化とコンビニ化」
「関東大震災時には、今和次郎が見出すような、
キノコのように生まれいづるバラックがあった。
しかしながら、東日本大震災の被災地に、バラック一つ生まれない不思議な現状…。」
→坂口安吾の「必要性あるもの」や、今和次郎のバラック、
キノコのように勝手に沸き上がるもの、川俣正の展示のような浸食するもののように、
自然なものが湧き上がるのが都市の根源だとしたとき、
自然に湧き上がらない場所は、都市の条件をもたない場所なのだろうか、
はたまた、気長に待つべきなのだろうかと思いました。
「マンハッタン全体は、超高層ビルが揺れることでシンクロする音叉である」説…。
*************************
以上が備忘録でした。
YCCスクール事業、第一回『対話 ~都市イノベーションを廻る思考』は、
横浜国立大学都市イノベーション研究院の二人の先生
藤原徹平先生(建築家)と榑沼範久先生(芸術・哲学)のお二人による
「今、都市は文化を生み出すのか」をテーマにしたものでした。
大変面白い話でしたので、その備忘録をお送りします。
なお、基本的に、その時の言葉をそのまま載せ、解説はあまりしませんので、
断片で各自いろいろお考えください。
以下、備忘録
*****************************
「そもそも、クリエイティビティが求められていること自体が、何かの課題を示している。」
『イノベートは最後の手段、
イノベーションの名のもとに、
どんなひどいことでもなされている』(チャールズイームズ)
「(イームズによれば)、デザインとは、『ギフト』である。
デザインする相手が必ずいる、
この人に座ってほしいと思うことからデザインが生まれる。」
「オタクは内向的世界から生まれている。
原宿(秋葉原)がサブカルをつくったとはいってほしくない。
都市がサブカルを誘導したりはしていない。都市と文化は関係ない。」
「都市は国家や社会より長く、巨大である。」
「21世紀は都市の時代なのか?
ずっと都市はテーマなのだから、常に都市の時代なのではないのか?」
「きわめて活動的な多数の人々の群れの中で、
生活の便宜を何一つ欠くことなく、しかも最も遠い荒野にいるのと同様な
孤独な隠れた生活を送ることができたのである」
(デカルト『方法序説』より)
→アプルトンの「見られずに見る」(=眺望)のごとく、都市の原点を感じました。
「ジョンラスキンの『建築の七灯』や世界遺産憲章による都市は、
一歩間違うと、人間活動をDocument的に保存してしまう。
人間活動そのものがDocument化され、読み物として優れた時には保存されるが、
それは止まった都市である。
エディンバラは、ドラゴンクエストのように、一回目は面白いが、二回目、三回目はつまらない。」
「坂口安吾的論理では、『日本文化史観』(社会学的史観)の通り、
『今、こういうことがおきている=素晴らしい』(例えば、東京拘置所などの高評価)
しかし、素晴らしいと思うものは、「必要性あるもの」であり、やむにやまれぬものしか認めない。
文学のふるさと。突き放されたところからしか生まれない必要性。」
「別府で感じられた、中心市街地が荒廃していても、住んでいる人は困っておらず、
みな郊外に住んでいる。
Shortcake House に住み、ショッピングモールで買い物して、ファミレスでご飯を食べる、
これがとても幸せである状況でまちづくりを進めることのお仕着せ感。」
「とんでもない(ダメな)マンションをよくすることには興味がなく、
次に何を「足す」かに興味がある。」
「今の経済社会は、無理に都市にクリエイティビティを求めており、
手段を結果にしてしてしまっている。」
「サヴァンナと動物園、日本の動物園化とコンビニ化」
「関東大震災時には、今和次郎が見出すような、
キノコのように生まれいづるバラックがあった。
しかしながら、東日本大震災の被災地に、バラック一つ生まれない不思議な現状…。」
→坂口安吾の「必要性あるもの」や、今和次郎のバラック、
キノコのように勝手に沸き上がるもの、川俣正の展示のような浸食するもののように、
自然なものが湧き上がるのが都市の根源だとしたとき、
自然に湧き上がらない場所は、都市の条件をもたない場所なのだろうか、
はたまた、気長に待つべきなのだろうかと思いました。
「マンハッタン全体は、超高層ビルが揺れることでシンクロする音叉である」説…。
*************************
以上が備忘録でした。
2013年1月12日土曜日
「私から我々へ」~アジア創造都市国際シンポジウム報告~
本日(2013年1月12日【土】)、YCC(ヨコハマ創造都市センター)にて、横浜市文化観光局主催の
『アジア創造都市国際シンポジウム』が開催されました。
こちらのシンポジウムには、準備段階から、横浜市立大学鈴木先生とともに携わっており、
昨年12月の創造都市セミナーを経て、今回の国際シンポジウムの開催となりました。
海外からは、台湾(台北)、韓国(光州・釜山)、シンガポールからのゲストもお迎えして、
午前中は、基調講演に調査報告、午後は4つの分科会を2つずつに分けて行われた後に
さらに全体会という、非常に盛りだくさんなものでした。
基調講演は、2001年の横浜トリエンナーレにおいて、横浜国大、室井先生ともに、
横浜のインターコンチネンタルホテルにバッタを張り付けた、アーティストの椿昇先生。
「私から我々へ」、つまり、個人からいかに公共性が自発的に生み出せるかを、
ホモサピエンスのこれからのテーマとして掲げられました。
※ルネサンス期に誕生した「芸術家」への懐疑、
※名がないものを生み出す創造的個の重要性
※2つのA(Agile:すばやさ、Adaptation:適応力)の重要性
※都市が常に抱える矛盾(Colosseo:消費という個の暴走の場とSenato:共生模索の場)の理解
※イメージとして残るが形態としてはのこらないフラジャイルをつくること
※市民全員を共犯者にするシステム
※「地域」は「部品」ではない(地域の潜在力の発掘、観光に頼らない地域産業の育み方)
※単年度決済と既得権益のもたらす課題
などなど、非常に重要なキーワードをたくさん述べていただきましたし、
実際に、行われているプロジェクトは、新しいタイプの地域づくりであり、
新たな都市計画家としてのアーティストのあり方ともいうべき衝撃がありました。
次に、調査報告としては、国内創造都市調査、アジア調査、横浜調査の中間報告。
特に、117の自治体が、何らかの形で創造都市政策を実施もしくは関心を有していることが
わかりました。
午後は4つの分科会。
1.アジアの創造都市とは
2.創造都市のエンジンとしての産業活性化
3.担い手がリードする創造都市
4.創造都市における政策展開
私は、分科会2のコーディネータを務めました。
そこでは、台北芸術大学の曾介宏先生から、台湾の文化創意産業の取組み、
経済産業省クリエイティブ産業課の岸本道弘さんから、日本のクールジャパン戦略、
MEBIC扇町(大阪市)の堂野智史さんからは、大阪でのクリエイティブクラスター創生の取組
横浜市経済局長の光田清隆さんからは、横浜文化芸術創造都市政策の紹介がありました。
詳細は割愛しますが、小さな粒子であるクリエイティブ産業の担い手たちが、
細やかで多様でクリエイティブクラスターのネットワークを多数もつことで、
脳のシナプスのように多様な連携の選択肢を持つことが、強くしなやかな適応力と耐性を
手に入れることになる、そのための支援が重要だということだったかと思います。
また、他の分科会で気になったのは、「3.担い手」の中での、BankART池田さんのお話。
国家によって創られた横浜は今でも国家が陰が落とし続けながらも、
シチズンプライドをなんとか作ってきた。
しかし、今一度、組立てを考え直す必要のある21世紀に、
あえて、完成形やゴール、答えの曖昧な「アート」を挿入して、
一見どこに行くベクトルか描くことを放棄したように見えるけれども、
もう一度立ち止まって考えてゆくための仕掛けとして都市づくりの再構築が試みられた
のではないかという話が印象的でした。
最後の全体会では、上記各国のゲストが一堂に会して始まりましたが、
発せられた一つの日本語を、複数の通訳者が各国語に逐次通訳し始める様子が、
正にアジアの「多様性」を表現していたように、
アジア創造都市の特質としての「Cultual Diversity」がキーワードとなりました。
と、とても盛りだくさんの内容で消化しきれないくらいでした。
長時間にわたりお付き合いくださったみなさまには、大変感謝を申し上げますが、
上記の通り、どこか一つでも、これからの都市のあり方を考えるヒントを
各自見つけていただけたのではないでしょうか。
『アジア創造都市国際シンポジウム』が開催されました。
こちらのシンポジウムには、準備段階から、横浜市立大学鈴木先生とともに携わっており、
昨年12月の創造都市セミナーを経て、今回の国際シンポジウムの開催となりました。
海外からは、台湾(台北)、韓国(光州・釜山)、シンガポールからのゲストもお迎えして、
午前中は、基調講演に調査報告、午後は4つの分科会を2つずつに分けて行われた後に
さらに全体会という、非常に盛りだくさんなものでした。
基調講演は、2001年の横浜トリエンナーレにおいて、横浜国大、室井先生ともに、
横浜のインターコンチネンタルホテルにバッタを張り付けた、アーティストの椿昇先生。
「私から我々へ」、つまり、個人からいかに公共性が自発的に生み出せるかを、
ホモサピエンスのこれからのテーマとして掲げられました。
※ルネサンス期に誕生した「芸術家」への懐疑、
※名がないものを生み出す創造的個の重要性
※2つのA(Agile:すばやさ、Adaptation:適応力)の重要性
※都市が常に抱える矛盾(Colosseo:消費という個の暴走の場とSenato:共生模索の場)の理解
※イメージとして残るが形態としてはのこらないフラジャイルをつくること
※市民全員を共犯者にするシステム
※「地域」は「部品」ではない(地域の潜在力の発掘、観光に頼らない地域産業の育み方)
※単年度決済と既得権益のもたらす課題
などなど、非常に重要なキーワードをたくさん述べていただきましたし、
実際に、行われているプロジェクトは、新しいタイプの地域づくりであり、
新たな都市計画家としてのアーティストのあり方ともいうべき衝撃がありました。
次に、調査報告としては、国内創造都市調査、アジア調査、横浜調査の中間報告。
特に、117の自治体が、何らかの形で創造都市政策を実施もしくは関心を有していることが
わかりました。
午後は4つの分科会。
1.アジアの創造都市とは
2.創造都市のエンジンとしての産業活性化
3.担い手がリードする創造都市
4.創造都市における政策展開
私は、分科会2のコーディネータを務めました。
そこでは、台北芸術大学の曾介宏先生から、台湾の文化創意産業の取組み、
経済産業省クリエイティブ産業課の岸本道弘さんから、日本のクールジャパン戦略、
MEBIC扇町(大阪市)の堂野智史さんからは、大阪でのクリエイティブクラスター創生の取組
横浜市経済局長の光田清隆さんからは、横浜文化芸術創造都市政策の紹介がありました。
詳細は割愛しますが、小さな粒子であるクリエイティブ産業の担い手たちが、
細やかで多様でクリエイティブクラスターのネットワークを多数もつことで、
脳のシナプスのように多様な連携の選択肢を持つことが、強くしなやかな適応力と耐性を
手に入れることになる、そのための支援が重要だということだったかと思います。
また、他の分科会で気になったのは、「3.担い手」の中での、BankART池田さんのお話。
国家によって創られた横浜は今でも国家が陰が落とし続けながらも、
シチズンプライドをなんとか作ってきた。
しかし、今一度、組立てを考え直す必要のある21世紀に、
あえて、完成形やゴール、答えの曖昧な「アート」を挿入して、
一見どこに行くベクトルか描くことを放棄したように見えるけれども、
もう一度立ち止まって考えてゆくための仕掛けとして都市づくりの再構築が試みられた
のではないかという話が印象的でした。
最後の全体会では、上記各国のゲストが一堂に会して始まりましたが、
発せられた一つの日本語を、複数の通訳者が各国語に逐次通訳し始める様子が、
正にアジアの「多様性」を表現していたように、
アジア創造都市の特質としての「Cultual Diversity」がキーワードとなりました。
と、とても盛りだくさんの内容で消化しきれないくらいでした。
長時間にわたりお付き合いくださったみなさまには、大変感謝を申し上げますが、
上記の通り、どこか一つでも、これからの都市のあり方を考えるヒントを
各自見つけていただけたのではないでしょうか。
登録:
投稿 (Atom)

